毒霧に沈む湿地と、蠢く巨影①
ギルドの執務室。木製の重厚な扉を開けると、カイとリーナの前には山のような書類に囲まれたバルドの姿があった。バルドはいつものように、何か企んでいそうな不敵な笑みを浮かべていた。
「お前ら、ザリドンを倒したんだってな。あの硬い殻の化け物をなぁ。──よくやった」
口調こそ素っ気ないが、その言葉には確かな評価が込められていた。カイは素直に「ありがとうございます」と答える。リーナは少し緊張した様子で小さく会釈した。
バルドが一枚の紙を机から抜き取って、二人に差し出す。
「褒美代わりってわけじゃねえが、いい依頼がある。受けてみねぇか?」
カイはその紙を受け取って目を通すと、すぐに目を見開いた。
「湿地帯の調査依頼……?」
「そうだ。もともと綺麗な場所だったが、1週間くらい前から毒の霧が立ち込めるようになった。毒の魔物もうじゃうじゃいるって話だ」
「お前ら毒好きだろ?」
バルドがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
「“お前ら”って、私は違います!」
リーナが頬をふくらませて抗議するが、バルドは聞く耳を持たない。
「ちなみに拒否権はねぇ。好き勝手に空き部屋使ってるんだから、もちろん快諾してくれるよな?」
バルドの低くて重い声に、カイは観念したようにため息をついた。
「……分かりました。調査、行ってきますよ」
ギルドから貸与された馬車に揺られ、二人は湿地帯の近くにある村へと向かっていた。窓の外には広がる草原、次第にぬかるむ土。徐々に景色が変わっていくのがわかる。
村に到着した二人は、まずは村人たちに話を聞いて回る。村の様子は思った以上に深刻だった。
「一週間前までは、花も咲いてて、本当にきれいな場所だったんです。それが急に……毒の霧が立ちこめるようになって。今じゃ、毒の魔物まで出る始末で……」
「原因を調べようにも、誰も近づけないんです。霧のせいでね……毒が強すぎて……」
「俺には天国だな」
カイはうっとりと目を輝かせ、カイが思わず口元をニヤつかせる。
「……今、不謹慎なこと考えてましたよね?」
リーナの冷たい視線がカイに突き刺さる。
カイは慌てて咳払いをし、
「いやいや、任務に集中しよう。まずは作戦会議だ
」
とごまかすように話をそらす。
村の空き家を借り、簡易な拠点とした部屋で二人は作戦会議を開いた。
「リーナ、今回は一面に毒の霧が広がっている。毒耐性が鍛えられたとはいえ、無理して来る必要はない。残ってても──」
カイの言葉に、リーナはぷいっと顔をそむける。
「ギルドの情報だと、湿地の魔物には雷が効くって……私の魔法、ちゃんと役に立ちます。それに、霧も風で吹き飛ばせば何とかなるはずです!」
強い覚悟の滲む瞳に、カイは静かに頷く。
「……わかった。ただし、異変を感じたらすぐに言ってくれよ。いいな?」と、カイは釘を刺すように念を押した。
リーナはコクリと小さく頷き、真剣な表情で答えた。
「約束します」
こうして、毒に包まれた湿地を舞台に、カイとリーナの新たな戦いが幕を開ける――。




