6話 決意表明
「私、騎士を目指したい」
アザミの言葉に目を見開いていた2人だがお互いを見合うとすぐに目を細めて笑う。
「父様のことも騎士に憧れていることも知っていたよ。毎日アザミのこと見てるんだから、知らないわけないだろう」
「寧ろ、あんなに稽古も手合せもしといて、こいつ何目指してんだって思ってたくらいだしな」
2人の言葉に目の奥がツンと痛くなった。長年持っていた思いを2人に伝えることができた、笑顔で受け入れてくれた。それだけで胸が暖かくなって積み重ねてきた思いも努力も報われるような気がした。何度も血豆をつくり皮膚が厚くなった掌を握りしめる。
「アザミ、こっちにおいで」
ソファーの隣をポンポンと叩き、リンドウに呼ばれる。
「やっぱり妬いてたんじゃねえか」
「違う。これ以上イチヤがうつると困るからだよ」
「どういう意味だよ。人を風邪菌みたいに言うな」
言い合う2人をよそにリンドウの隣へ移動し腰かけると、リンドウはアザミの右手を取り握りしめる。
「まだ言いたいことがあるんだろう?そういう顔してる」
幼い頃と同じように手を握り、優しい微笑みに顔を覗きこまれると喉奥のつっかえがとれて言葉が誘い出される。
若くして伯爵を継ぎ、日に日にやつれながら執務をこなす兄を見て気遣いから無意識に言葉を飲み込むようになったアザミ。そんな妹に気付いたリンドウがアザミの言葉をちゃんと聞く為にいつからかこうするようになっていた。
「さすが兄様、エスパーかよ」
「うるさいなイチヤ、茶化さないで」
リンドウの手を握り返し、真っすぐに視線を返す。
騎士になりたいという憧れを憧れで終わらせたくない。「非力」「資格がない」「女なのに」そんな言葉で諦めたくない。自分の本気度合いを見てもらうにはこれがいいかもしれないと考えていたことを打ち明けた。
「半年に1回王都で行われる大会、そこで結果を出すことができたら、騎士になる資格を自分で得られたら騎士になることを認めてほしいの。
勿論、大会に出たこともない私がすぐ勝てる程甘いものじゃないってわかってる。
だから2年、チャンスを頂戴。自分の力を試したいの。」
アザミの真剣な眼差しにリンドウは遠い記憶の中のアザミの母を重ねた。前妻の子であるリンドウに対して自らの子どものように深い愛情を持って接してくれたアザミの母。優しく時に厳しく窘める眼差しは初夏の快晴を映す澄んだ湖のようだと思っていた。その時赤子だったアザミが憧れの為に自ら道を決められる程に成長したんだと、時の流れる早さに驚かされるばかりである。
(この子が自分で決めた道を、後押しする以外ないですよね、父様、母様)
リンドウはアザミの手を両手で包み込むように握り、ふわりと微笑んだ。
「1人でそこまで考えていたんだね。思うように試してみたらいいよ」
「本当?」
「うん。ただ、僕からも提案していいかい」
「提案…?」
身構えたアザミを見て、あくまで前向きな提案であることを示すように明るい口調で話す。
「そう。大会に出ることを考えるなら、その2年間、騎士団に見習いとして所属してみないかい?」
「え、騎士団見習い?そんなことできるの…?」
「うん、方法は考えているよ。
――いくらイチヤと手合せしていても色んな癖を持つ体格・年齢・タイプが違う剣士と剣を交えて場数を踏んできた人達と比べると歴然とした経験値の差が出てしまうと思う。だから見習いとして入団して周りにいる色んなタイプの騎士達から考えや技を吸収した上で大会に挑むのはどうかなと思うんだ」
正面に座るイチヤがにんまりと口角を上げて話す。
「お前の兄様も、お前が憧れている夢について真剣に考えていたんだよ」
アザミは目を輝かせた。見習いとして入団するには条件があり、加えて身元証明が必要なため考えたことがなかった。大会に出て場数を踏むしかないと思っていたが、兄から剣士として経験を積む為には最高な提案をされ、嬉しさに胸が高なる。嬉しさに前のめりになったところでふと我に返ったように呟いた。
「あれ待って。でも確か見習い入団って男の人しか入れないんじゃ」
騎士団見習いとしての入団条件、それは「剣の試えがある者」「身元証明ができること」そしてもう1つが「男であること」だったはずだ。
きょとんとリンドウを見ると苦笑が返ってくる。
「それが見習いとして入団する条件なんだ。
だからアザミが望むなら"アザミ・グレイとしてではなく、”男”として入ることになる」
アザミは目を見開き思わず立ち上がる。
「そんなことができるの?!それだと身元証明ができなくなるんじゃ…」
「方法は考えている、って兄様が言ってただろ?」
頬杖をついたイチヤは得意気な顔をする。
「リンドウから相談されてたんだよ、"見習いとして入国する方法はないか"って。
――実は騎士団所属していた頃の知り合いが騎士団の団長になってな。そいつに"男"として入団させてほしいって話つけて頼んでみたんだ。
そしたら『彼女が望み本意気で取り組むならうちで受け入れてもいい』ってさ」
「そう言って下さったんだ。だから”男として”が条件ではあるけどどうだい一度検討」
「やる!」
アザミの即答に目を見開いたリンドウだったが、アザミの表情を見てつられるように微笑んだ。
「子どもみたいな顔して喜ぶね、そういう顔久しぶりに見たよ」
アザミの知らぬ所で充分過ぎる程に、アザミを後押しするための土壌を整えてくれた。リンドウとイチヤに止められるのではないかと思っていた騎士への道。暗がりの中、手探りでやることになると思っていたら、リンドウとイチヤが夜道を照らす月のように道を照らし出してくれる。舞い上がる気持ちを抑えられずにリンドウに思いきり抱きついた。
「ありがとう、兄様」
きゅっと背に手を回され、久しぶりに兄の柔らかな香りに包まれた。リンドウから離れると、2人の様子を静かに微笑んで見つめていたイチヤの元へ行き、イチヤのことも両腕を広げて抱きしめ
た。
「俺もかよ」
照れ臭そうにアザミの後頭部を撫でながら呟く。
「ありがとう、イチヤ」
言葉では足りないこの嬉しさが、この腕を通して伝わってほしい。アザミは満面の笑みでリンドウとイチヤを見つめた。
◇◇◇◇◇
翌朝、アザミはすぐに行動に移した。まずは髪。男として入るなら短い方がいいだろうと考え、メイドのマリスに頼み髪を切ってもらった。
今までは1つに括り背の中央まで伸びていた髪を、肩につかないくらいに短く。幼さが緩和されるようにと前髪は少し長めに残しサイドは耳が見えるくらい涼しげに。
髪を切る前にマリスは何度も「綺麗なのに…本当に切ってしまうんですか」と念を押した。マリスは前当主である父譲りの灰色の髪が陽にあたると光択ができて銀色にも見えるのがとても綺麗なのだと気に入っていた。アザミの髪を編み込んであげた日には書斎にいるリンドウもいつのまにかアザミと同じ髪型になっていたことがあり、後にアザミがリンドウの髪に手を加えたのだと知った時には仲睦まじい姿に癒されていた。それが見れなくなるのだと寂しい思いと葛藤していたが故に躊躇したのだがそれを知らないアザミは自らハサミを取り髪を一束ざくりと切って見せた。
悲鳴をあげたマリスにハサミを奪い返されるとキョトンと胸中を知らないアザミは目を丸くしていた。そうこうして出来た髪型はマリスが器用に整えてくれた為綺麗に仕上がり、アザミは何度も鑑の中の自分を見ていた。
「マリス切るの上手だね、すっごい気に入った!ありがとう。
騎士団見習いが終わってからもこの髪型でもいいな」
「アザミ様…戻られた時は髪を伸ばしていただけませんか…」
「え、そう?この髪型の方が動きやすそうじゃない?」
マリスの溜め息が返ってきてアザミは首を傾げた。
朝食を食べる際にリンドウとイチヤにお披露目すると、アザミを見た瞬間2人とも持っていた匙を落とし口を開けたまま固まっていた。最初に口を開いたのはイチヤで困惑した顔で猛抗議をされた。
「綺麗に伸ばしてたのに切ることはなかっただろ!せめて切る前に言え!心臓に悪いわ!」
「ご、ごめん、そんなに言われると思わなくて」
リンドウは無言のまま手で顔を覆っていて表情は見えなかったが、小さく「こういう子だったね…」と悲しげに呟いていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
これまではアザミ・リンドウ、イチヤが多めに展開していましたが、
次回からは騎士団メンバーがちらほら登場します!!(やっと出せるーー!)
投稿タイミングは不定期ですが、引き続き楽しんでいただけると嬉しいです