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3話 手がかり

 裏道で出会った女性の名はイザベル・グルーヴ。イザベルに案内をしてもらう道中で話してわかったのはアザミと同じ16才であり、父親が男爵であるということ。

 また、薬を差し出してきた男と出会った経緯についてだった。


「父はもう5日も熱が下がらなくてずっと苦しそうな状態なの…。薬屋で買った熱を下げる薬は効果がなくて…もう一度薬屋に行った帰りにあの男に声をかけられたの。

「求めている品がなかったの?探してきてあげようか?」って」

「医師には?診てもらったの?」


 アザミが聞くとイザベルは眉を寄せ重く首を横に振った。

「父様がお世話になっている医術師は何度自宅を訪ねても不在で。

 他の医術師を探しても手が空いていないからと診てもらうことができなくて…」

「そっか…。診てもらえていないのは不安だよね…」


 原因も対処方法もわからずに苦しむ家族をただ見ているしかできない。そんなもどかしく苦しい状況が続いていたら。そんな時にあの小瓶を薬だと言って差し出されたら。何も知らない人は縋るように手を伸ばしてしまうかもしれない。伸ばさざるを得ないのかもしれない。

(兄様が男爵のような状況だとしたら…多分私も…)


 グルーヴ男爵の邸宅に着くとイザベルの母、男爵夫人が出迎えてくれた。ただその目の下はクマが見えて、不安な夜を過ごしているのだとわかり胸が痛んだ。自室のベッドに横になっている男爵はイザベルが言っていた通り、とても苦しそうで弱い呼吸を繰り返していた。男爵とも初対面だが、その顔色も青白く衰弱しているように見えた。

 イチヤは静かに男爵の様子を伺う。触れてもいいかと訊ね、夫人が頷いたのを確めてから男爵の腕に触れる。脈を測ったり、皮膚を確かめるように触れた後、微かに眉を寄せた。

「発疹や皮膚の変色はないから流行り病ではないだろう。ただ脈が弱いし、5日もこの状態ならかなり衰弱していると思う。

 俺は医師ではないからこれ以上のことはわからない…けど王都に住んでいた頃に世話になった医師がいるからその人に診てもらおう」

 

 イチヤはイザベルと夫人に目を向けながら、なるべく不安にさせないように気遣っているのか静かに優しく穏やかに話している。


「知り合いの医術師を呼びに行きながら、衰弱している体の回復に効果のある薬草を取りに戻りたい。2時間…いや1時間半くらいになると思うんだが、その間こいつをここで待たせてもいいだろうか」

 アザミを目で指したイチヤの言葉にイザベルの母が頷く。イチヤへ向き直り、静かに頭を下げた。


「この人が弱っていく姿を見ていられないんです。でもどうしたらいいかわからなくて…見ず知らずの貴方達に頼るのはお恥しい限りですが…どうか、宜しくお願い致します。」

 声が震えていた。謙虚に、だけど精一杯紡がれた言葉に胸が熱くなって、イチヤのように“何か力になりたい”そう思った。

 

 イチヤが出て行った後、イザベルの母に伝えてアザミも外へ出た。イチヤが戻ってくるまでじっと待つだけではいられず、決心したようにマントの中でそっと剣の柄を握る。

(さっきの紫のマントの男、まだ近くにいるんじゃ…。)

 せめてどういう奴なのか、あるいは薬と称して小瓶を渡した理由がわかれば…。イザベル達も次から警戒することができるかもしれない。イザベルと男が会っていた市の裏道へ足早に向かった。




 今わかっているのは紫のマントを着た男で、自分より背が高いということだけ。マントを脱いでしまっていたら、手がかりはほぼ無くなってしまう。


 何か物が落ちていたり、目撃情報があれはだけど、目的地に着いて辺りを見回しても落ちている物はなく。さっきと同じく人の姿もなかった。

(ないか。仕方ない、次は市で目撃情報がないか聞いてみようかな)


 先に進もうとした時。首の後ろがチリリと痺れる。

 咄嗟に振り返り背後を見るも人の姿はない。彷徨うように視線を巡らせながら緊張に息を詰め、剣の柄に手をかける。


「なんだア、剣持ってたのか。女だからすぐに片付けられると思ってたのにィ」


 上の方から男の声が聴こえ屋根の上を見ると紫のマントの男が立っていた。目深に被ったフードの奥でニンマリと笑う口元が見える。次の瞬間にマントが揺れ男の姿が消える。わずかに甘い匂いがして、考えるよりも先に剣を抜き、横に持った剣を頭上に構えた。その瞬間、屋根上から飛び下りた男が落ちる勢いそのままに剣を振り下ろし、アザミの剣へ重い衝撃がくる。紫色の髪を三つ編みに結った男の顔が見えた。

 紫色の瞳を細め、笑っている。

「――ッ!」


 剣を構えていなければ重傷を負っていたかもしれない。唐突に感じた恐怖につばを飲み込む。男相手にパワーで対抗するのは分が悪い。男の剣を振り払うように弾き返し、直様男の胴体目掛けて剣を突く。避けるようにしゃがんだ男が見えたが体勢を整えるのが間に合わず。しゃがんだ体勢で突き出された足が腹に命中し、体が投げ出される直前に剣を振り下ろすも避けられた。

 ずっと心臓が耳の隣で警鐘を鳴らしている。体は沸騰するように熱いのに、極寒の中にいるかのように手は冷たい。それでも止まる訳にはいかなかった。


「何故、あの赤い液体を女の人に、渡そうとしたの!」


 問いながら、不意に間合いを詰め剣を突き出す。避けられたらもう一度突く。

 連続で攻撃してもさらりと容易く躱される。


「男爵に効果のある薬だからだヨ」

「薬じゃない!あれは」

「知らないヨ、欲しがったのはその子なんだから」


 躱しながら呼吸一つ乱さずに男は答える。次に剣を横に払うと紫のマントだけが目の前で揺れる。


「楽しいけど終わりにしなきゃ。」


 頭上から男の声が聞こえて、宙返りしたのだとわかった。男がアザミの後ろに着地すると直様アザミの足をすくうように伸ばした足を引っかける。予測のつかない男の奇怪な動きに翻弄され、足をすくわれ、そのまま尻餅をつく。剣を構え直すも腹の上を男の片足に踏まれ呻き声が漏れた。



「じゃーネ、おせっかいなお嬢さん」



 剣先を真下に向けて持った男が勢いをつけ振り下ろそうとしたその時。白い風が見えて紫のマントの男を連れ去った。腹の上の重さがなくなり白い風の正体とマントの男の行方を目で

追う。


「…やだー見つかっちゃった。もう少しで面倒なのを片付けられると思ったのにイー」



 目の前に現れたのは白い服の男の一撃を剣で受けた紫のマントの男の姿。おもちゃを取られた子どものように唇をとがらせた男はガキンッと白い服の男の剣をなぎ払い、あっという間に屋根上へ跳躍していた。白い服の男は深追いするつもりはないらしい、

 紫のマントの男が屋根の向こうへ消えるのを目で見送っていた。

 紫のマントの男の姿が見えなくなると、張りつめていた緊張の糸が緩み、アザミは小さく息を吐いた。冷えていた指先に血が巡ってくると同時に強い疲労感と腹の鈍痛が襲ってきてようやく実感した。

 あの時真下に剣が下ろされていれば今頃は。腹を手で摩りながら背筋が寒くなるのを感じた。


「おい」



 呼びかけられてハッと見ると、白い服の男が未だ背を向けながら剣を鞘に戻していた。顔も向けずに初対面の相手に「おい」と呼ぶなんて…と考えながら彼が見覚えのある服装をしていることに気づき目を見張る。


「お前はさっきの奴を知っているのか」


 白いコートのような上着に腰元に巻かれた黒いベルト。腕には金糸であしらわれた翼を広げた鷲の刺繍。過去に見たことがある上に何より、幼い頃から憧れていたからよく知っている。

王都シクラムを守護、警備する組織 シクラム騎士団。


 王都に来ているのだからその制服を見ることは珍しいことではないが、短い黒髪姿の彼がそれを着ている後ろ姿は朧気な過去の記憶で見たことがある気がして、初対面のはずなのになぜだか懐しく感じた。


「話しかけているのに、無視か。助けてくれた相手にいい態度だな」


 返事がないことに呆れたような溜息が聞こえてきて、慌てて返事をしたことで声が裏返ってしまった。


「いや無視では…!それにさっきの男を探してはいたけど、どこの誰なのかまでは…私もあの男の正体が知りたいんです」


 フンッと鼻で笑うような声が聞こえてきて、助けてくれた相手といえど少しばかりカチンときた。でも男が言うように"助けてくれた相手にいい態度をとるわけにはいかないと思い、意を決して声を上げた。背を向けていた彼が振り返る。


「助けてくれて、ありがとうござい…え?」



 思考が止まった。お礼を言いおえる前に言葉が出なくなり、振り返った彼の顔を見て驚きに目を見開いた。

 彼が夜空のような黒髪で、海のように透き通る青い瞳で、イチヤと瓜二つの容姿をしていたから。




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