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1話 冬が来る


 ラビエル王国の北西に位置するマツカゼ地区。その半分の土地を治めるグレイ伯爵の邸宅は森の入口に位置し、鮮やかな花々が咲く広大な庭と藤の木を垂れかける門に囲われている。

初夏には藤の木が薄紫色の花を咲かせ、紫色の門に囲われている様は圧倒される美しさである。 冬目前の今、馬に乗ってグレイ邸へやってきたマント姿の男は小さく微笑んだ。


(毎年見慣れている光景だけど、相変わらず綺麗だ…。今度は夏にでも来てみようかな。あいつら驚くだろうけど。)


 フードを取り、黒い短髪が露になる。男の名はイチヤ。薬師である彼はグレイ伯爵の旧友でもあり、冬から春にかけて森で薬草を採取すべく毎年冬の間はグレイ邸に滞在する。今年もその時期となり、イチヤは見慣れた藤の門をくぐった。


 顔馴じみの執事シュクレン率いる使用人達へ荷物を頷け、イチヤは2階の書斎へ向かう。扉を軽くノックすると部屋からドタバタと騒がしい音がして、少しの間の後にゆっくりと扉が開かれた。

「いらっしゃい、イチヤ」

「何やらかしたんだ、部屋の外まで音が聞こえてたぞ」

「…イチヤがこの時間に来るってこと忘れて没頭しちゃって…

 ノックに驚いて慌ててたらつまづいて転んだ」

「馬鹿だなーリンドウ」


 グレイ伯爵として凛とした佇まいを見せる彼が、おっちょこちょいな面を持ち、髪を乱している様が面白くて笑うと、ムスッと拗ねた表情で肩を小突かれた。書斎へ入るとリンドウは散らかしてしまった書類を片付け始め、イチヤは何となく書斎の本棚へ目を移した。


「そういやアザミは?まだ会ってねえんだけど」

「ネロを連れて森に行ってるよ、家庭教師の先生が来るまでの間、剣の稽古だって。

 ほぼ毎日こうだよ」

「ったく、本当熱心だな。14になって社交会デビューして、綺麗なドレスとかアクセサリーとかスイーツとか見たらそっちに興味が移るだろうと思ってたのに。」

 呆れたように呟く言葉の中に少し嬉しさも含まれているように思えてリンドウは頬を緩めた。

「すごいよね、僕はすぐに飽きてしまったのに。勉強もさぼらずに剣の稽古と両立してて…

 アザミは僕以上に根性も熱意もある。そういう点は妹であれど尊敬するなあ。」


 イチヤは小さく溜息を吐き視線を向けた。

「尊敬するなあ、じゃねえよ。あいつもう16だぞ?年離れた妹が可愛いからって

 のんきに見てられんのもそろそろ」

「うん、わかってる。」


 椅子に腰かけ、肩に垂れている灰色の髪をさらりと一つに束ね、片側へ流す。イチヤはリンドウの向かい側の椅子へ腰を下ろす。


「可愛い妹だから本人の好きなことをさせてあげたい反面、アザミの将来のことを考えると年頃の女の子にずっと趣味で剣をさせているわけにもいかないな…とも思う。

 それで実は僕の中で考えてることがあって…」


 リンドウはここ暫く頭の中にあった案について、打ち明けた。






 一方森の中では、開けた草地の上で剣を振り一人稽古を行うアザミの姿があった。

 グレイ邸の後ろから森へ入り、そう遠くない場所にこの草地があり、いつからかアザミの練習場所になっている。

(ここでイチヤが剣を振り上げていたから、あいた脇腹を蹴って私は斜め下から…!)


 毎年冬前にやってくるイチヤは元騎士団員だった為、剣の腕前はかなりのもので、毎年手合わせをしてもらっている。昨年のイチヤの動きを覚え、それを想像しながら剣を振るっていた。

 動く度に背に一つ結びで括られた灰色の髪が波打つ。その横顔は兄リンドウの面影がありながらも年の割には少し幼く。穏やかな大樹のような緑の瞳をもつ兄とは違い、空を映し広がる湖のような瞳をしていた。


「うわ!何これ!」


 剣を振っていると急に頭上からパラパラと小枝が降ってきた。手を止めて見上げると高木の枝で羽を休めているネロの姿。アザミと目が合うとクイッと目線を森の出口の方へ向ける。


「イチヤが来てるの?」

 ピィーッと一声鳴く。


「イチヤが来るってことはもう冬になるんだね。春がきて暫く会えなくなるの寂しいって思ってたけど案外1年って短く感じるかも」

 

 剣を腰の鞘に戻し、指を唇にあてピィと鳴らす。


「ネロ、行こう!」

 

 そう叫んで走り出せば大きな翼がバサリと風を仰ぐ音がして ネロも空へ飛び出した。



◇◇◇◇◇



「いた!イチヤおかえり!」

「ただいま、ってお前頭どうした。枝とか葉がついてるぞ」


 書斎へ駆け込んできたアザミの様子にイチヤは声を出して笑う。


「ネロの仕業だよ、もう」


 その場で頭を振り床に小枝を散らすアザミへリンドウが控えめに呟いた。


「アザミ…僕の書斎で振り落とさなくても…」

「あっごめん!外にいるくせでつい…イチヤは来てからずっと書斎にいたの?兄様と何か話?」


 イチヤは楽しげに口角を上げて、メイドが出してくれたクッキーを 1つ食べながら話す。


「アザミが14で社交会デビューしてもドレスとかスイーツよりも剣が好きって話。

 招待状とか貰うんだろ?行ってないのか?」


 椅子を1つイチヤの隣へ移動させアザミが腰かける。


「行ってないよ。剣の方が好きなのは前からだし、ドレス着ておしとやかに座ったり、オホホって笑うのが性に合わないだけだよ。それに行く必要性も感じてなくて...」

「いやあるだろ。年頃の女はそういう場で好きな人だの見つけて来て恋文送ったりするもんだって聞いたぞ」


 アザミもクッキーを1つ手に取りながらげんなりとした顔をする。


「どこで聞いたの、それ」


 イチヤはリンドウに目を向けたが、冷たい視線を返された。

 リンドウは1つ咳払いをして立ち上がる。


「つもる話はまた夕食の後にしよう。アザミは先生が来る前に着替えてきなさい」

「はーい、うぶっ」


 返事をしたタイミングでイチヤにクッキーを口に入れられ目を丸くする。アザミの頭にポンと手を置きイチヤが笑った。


「お勉強も頑張れよ、アザミちゃん」

「ひゃああほへへああへひへへ(じゃあ後で手合わせしてね)」

「クッキー口に入れながらで何言ってるかわかんねえ」

「お前が入れたんだろ…。アザミ、手合わせは明日にね」

「意味わかったのかよ」

「あ、そうだ。イチヤ、外でネロも待ってるよ、行ってあげて」

「おう」


 もぐもぐと口の中のクッキーを噛みながら書斎を出たアザミは、自室へ向かいながら自然と鼻歌を歌い始める。

(ふふ、やっぱりイチヤが来ると兄様も楽しそう。3人だと賑やかになる。)

 3人で住ごす特別な季節がやってくる。リンドウとイチヤに夕食の後どんな話をしようか、頭の中はそのことでいっぱいになった。



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