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プロローグ


 ネグリジェ姿の少女は古びた一冊の本を胸に抱きながら、開けた扉の隙間かキョロキョロと辺りを見回した。この時間なら兄は遅くまで執務の為書斎から出ず、メイドのマリスが寝かしつけに来るにはまだ早い。少しなら大丈夫だろうと自分に言い聞かせて、忍び足で部屋を出る。

 悪いことはしていなくても何かのミッションに挑んでいるような少しの緊張感と高揚感で胸は鳴りっぱなし。廊下にある窓枠の鍵を外し開けると、まだ冬の余韻を

残した風が入りこんでくる。


「マリスと兄様に見られたら怒られそうだけど、今いないし、裾長くて邪魔だし、いいよね…。」


 ネグリジェの裾をたくし上げ、腹のあたりでぎゅっと縛ると窓枠に片手をつき、軽やかにジャンプして飛び越える。チクチクする草地に下り立つと、肺いっぱい空気を吸い込みながら顔を上げた。


「うわあ…」

 吐いた息と一緒に感嘆を漏らす。頭上に広がるのは紺碧のシーツの上に散りばめられた銀色の砂糖菓子。卵のように丸い金色の月が微かに足元を照らしていた。


 ふと、空を舞う黒い影を見つけ、唇に指をあてがう。ピーと音を鳴らすと通りすぎた影が再び姿を現した。

 ピィーと指笛に応えるように高らかに鳴き、空を覆い隠すような大きな翼で悠々と草地へ下り立った。


「ネロ!おいで。ご飯は持ってないけど、見せたいものがあるんだ」


 ネロと呼ばれた黒い影、少女と兄が飼い育てている鷹はトテトテと少女の傍らへ歩み寄る。


「兄様は執務で忙しそうだから、私だけでこっそり来ちゃった。

 一番最初にネロに、特別に見せてあげるね!」


 ネロの頭を指先でついついと撫でて草地へ腰を下ろす。持っていた本を広げると、1枚の栞が挟まっており、白く細い花弁の小さな花が3つ、その中で咲いていた。


「今年の冬にイチヤが持ってきてくれたの。"エーデルワイス"っていう花なんだけど、そのまま飾ってたらいつか枯れちゃうでしょ?

 だからこうして本に挟んで平べったくして栞を作ってみたんだ。

 不器用な私にしては良く出来てると思わない?」

 

 ネロは傍らでじっと本の中を覗いている。その後小さく首を傾げると話を促すかのように少女を見た。


「兄様から聞いたんだけど、父様は若い頃騎士団に所属してたことがあって、その時に勇敢な騎士の称号として「エーデルワイスのブローチ」を王様から贈られたことがあるんだって」


 幼い頃に死別した両親の顔も温もりも覚えていないけれど、寝物語で兄やマリスから生前の頃の話をよく聞いていた。活発な母は紅茶を入れるよりも木登りが得意だったこと、自分と兄の灰色の髪は父親ゆずりだけど母親が違うから瞳の色はそれぞれ母ゆずりであること。

 父がグレイ伯爵として治めるグレイ領内では時々市が開かれ、そこへよく出かけたり、行きつけのパン屋があったこと。傍から見ても仲睦まじい夫婦であったが、年下の母の方が気が強かったこと。


 中でも、王都シクラム騎士団に所属した父が史上最年少で騎士団長になり、王様から勇敢な騎士の称号を与えられたという話が一番好きだった。


「シクラム騎士団の制服って白くてかっこいいの。それを着て騎士団長になって勇敢な騎士の称号を王様から与えられるほど活躍するなんて、

 …父様はヒーローだ」


 キラキラと目を輝かせて少女は栞の花を見る。


"いつか私も。"


 そんな気持ちが少女の中に芽生えはじめる。


「...様! アザミ様―!?」


 慌てたようなメイドの声が聞こえてくると少女はネロの頭を撫でて

立ち上がる。


「マリスにバレちゃったから戻らないと。ネロ、また明日遊ぼうね」


 ひょいと窓枠を飛び越え中に戻るのを見届けると、ネロは飛び上がり、紺碧の空へ消えていった。


~プロローグ END~



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