第99話 デゼルグイエット
私と王女で〈冷気爆弾〉を放った。
二人以上で合同で魔法を練り上げることで、魔法の威力その他諸々が向上する。
それに加え、私が魔法の威力を底上げさせる波長と、僅かに気を組み込んだ。
人一人では到底、到達し得ない威力だ。
私たちが放った〈冷気爆弾〉は水の手の中に入り込み……爆発し、真っ白な煙――冷気を撒き散らした。
海水の融点が低いとは言え、融点が存在しないわけではない。
ま、その融点も誤差でしかないんだけどな。海が凍りにくいのは、単に、水量と表面積が大きすぎるせいだ。
海水でできた巨大な手が凍り付き、会長の魔力から解放され、海に倒れた。
氷の密度は水よりも小さいため、水に浮かぶ。
私は会長を海の中から――〈浮遊〉の効果は持続中だ――引っ張り出した。
念の為、〈障壁〉は解除しない。
私はアルティナを握り、構えた。
アルティナに込められるだけの気を込め、剣を肩の高さで、剣先を氷の中のデゼルに向けて構えた。
私は引き絞った剣を……突き出した。
剣から放たれた気は剣の形を維持し、真っ直ぐに飛び……デゼルを閉じ込める氷を貫いた。
私の分身体も貫いたが、あれは疑似生命。所詮は魔力の塊だ。問題ない。
核に使用していたライアル鉱石は〈念動力〉で回収し、腕に戻す。
氷の塊は、一部に縦に細長い菱形の穴を開け、海の上を漂っている。
分身体のいた地点はすっぽりと、立体的な(私の)形を残していた。
そしてその穴の中に、頭を胸を貫かれたデゼル…………いない?
『ふんっ、この時代にも強者が残っていたか。私は嬉しい』
私の背後に、デゼルグイエットが浮かんでいた。
胸の辺りのローブに穴が開いているが、その中は……漆黒の闇だった。
そして闇がローブの穴の上を動き……次の瞬間、穴は塞がっていた。
『おかげでライフが減った』
ライフ……だと?
……なるほど、数珠の一つに罅が入っている。
数珠の玉は八つ。罅が入っているのが……二つ。
残りライフは六つと見るべきか。
この強さで六つの命……面倒だな。
数珠を破壊した場合、どうなるんだ?
『――〈天雷〉』
〈天雷〉……波長四つの魔法だ。
対象に雷を落とす魔法。上空に雷雲があると尚良し。
「させん」
私は〈雷神の法衣〉を展開し、会長に向けられた〈天雷〉を吸収した。
同じ電気で尚且つ、私の魔法の方が上位。
強引に取り込ませてもらった。
『鬱陶しい……まずはお前から潰してくれよう!』
途端、デゼルの波長が強くなった。
あの、船から放たれた波長と同じレベルにまで成長した。
これがこいつの真の実力か。
少しばかり……骨が折れそうだ。
『――〈滅炎〉』
「「――〈転移〉」」
分身体に王女と会長を連れて、浜辺に転移させた。
これからの戦いで、二人を守りながら戦えるとも限らないし、そもそも敵の狙いは会長。私じゃなくてな。
しかし、今の狙いは私。ならば、遠くへやっても問題ない。
私はデゼルの背後に転移した。
〈滅炎〉を個人で使えるのは驚いたが、私だって使える。
指定した空間座標を超高温の炎で焼き尽くす魔法。転移して避けることができる。
『空間魔法か……なら、――〈次元封鎖〉』
…………〈転移〉が使えない。
だが、範囲が限られているな。
おそらく、デゼルを中心に半径百メートルほどの範囲で、〈転移〉が封じられている。
内から外への転移は不可能。……なら、外から内はどうだ?
海岸に残しておいたもう一体の分身体が〈転移〉を使うが、この場に現れることはなかった。
……二百メートル後方か。
なるほど、あそこが〈次元封鎖〉の境目か。
でも、普通に通ることはできそうだ。
分身体は〈閃撃〉を使い、一瞬で到達した。
直線で、自分勝手に飛べるなら、ここまで速くできるということだ。
「二対一……どうだ、撤退するつもりはあるか?」
『人間風情が、ふざけたことをぬかすな! 海神デゼルグイエットの名において、我が覇道を邪魔するものはみな等しく……死ね』
海神、か……。
そうだな。曲がりなりにも……邪神とは言え、神は神。
「さあ、始めようか。……ところで、お前を殺したら何か、この世界に悪い影響は出るのか?」
『さあな。殺して確かめてみるがいい! 無理だと思うがな! ――〈水魔〉』
召喚魔法か。
海水を体に持つ、水の悪魔……と言うが、悪魔ではない。
小悪魔の分類だろう。
悪戯妖精的な。
いや、それはどうでもいいんだ。
纏う魔力は弱いが、数だけが馬鹿みたいに多い。
目くらましにでも使われたら厄介だ。邪魔くさいし、集中力が乱されるかもしれない。
――パンッ!
私は手を叩き、〈衝撃〉を発動させた。
濃密な魔力を帯びた衝撃波が、〈水魔〉を一匹残らず水に返した。
『見事だが、がら空きだ』
瞬間、背後に移動していたデゼルが水を圧縮して作ったであろう大剣を、私の脳天目掛けて振り下ろした。
私は体を捻って、寸でのところでそれを躱し、その際の勢いで横蹴りを、デゼルの顔面に食らわせた。
だが、私の蹴りはデゼルの数珠に阻まれた。
……硬い。
いや、足が……数珠に触れていない?
何か、不可視の壁が数珠を覆っているようだ。
……〈防護膜〉とは違う。魔法ですらない。
なんだ……これは?
破壊不能ということか……? そんなものがこの世界に?