第98話 はどう(覇道)としどう(私道)
このローブゴーストは……強い。
あの、悪魔ディヴィアルにも並ぶかもしれない。
ディヴィアルは……あれは何かおかしかった。
きっと、封印直後で本来の力にまで戻っていなかったせいだろう。
八百年も封印されていたわけだし、仕方ないことだ。
――だが、こいつは封印されていない。
おまけに、悪魔でもない。
「……似ている」
ぽつり、と会長が声を漏らした。
「何に……ですか? まさか、こいつもエルゲレン同様……」
「――違うわ」
次に続いた会長の言葉に、私は言葉を失った。
「海神…………シーミンターネス」
「文献でも見た……確かに、服装は同じ。……でも……」
「――海神シーミンターネスは、慈愛に満ちた心と顔を持ち、人々を度重なる災厄から救ってきた」
王女の続きを、文献で読んだ言葉で続けた。
「これはどう見ても、人々に災厄をもたらす方だろ」
『……いい加減、私の覇道を邪魔しないでもらいたいものだ。何度、示威行為をすればお前たちは学ぶ?』
私たちの会話の横で、ローブゴースト……シーミンターネス(仮)は怒気を浮かべていた。
「示威行為……何隻もの船を沈め、無惨な遺体を浜辺に返していた、あれか?」
『そうだ』
「何のために、人を殺しているんだ?」
『……救いだ。お前たちは有限の命。未練なくこの世を去る魂は極少数。なら、無限の命を!!』
「それが……この幽霊か」
『そうだ。……だが、なぜ近頃の人間は死を恐れる? 死を超えた先に、完全な不死があると言うのに』
「だから殺したのか?」
『そうだ』
……やれやれ、とんだ暴論だ。
死んでもまた次の生があるかもしれないというのに。
「……名は?」
『……デゼルグイエット』
長いなぁ。デゼルでいいや。
しかし、これも聞き覚えがある。
確か、シーミンターネスと対に当たる、海の荒神。
人々に災厄をもたらす存在だそうだが……実際にその姿を見た者はおらず、存在すら怪しかった。
一説によると、シーミンターネスに討たれたとか……。
今の状況に鑑みるに、封印されていた可能性があるな。
しかし、正直に名前を教えてくれるとは思わなかった。
『私は名乗った。お前たちも名乗れ』
「レスク・エヴァンテール」
「マイス・リスガイ」
「アリス・ウーゼンティシス」
『――ウーゼンティシスッ!』
瞬間、環境が急変した。
波は荒立ち、風が吹き荒れ、上空には先ほどよりも多くの黒雲が集まり、大粒の雨を降らせている。
そして、
――ドズンッ
船に雷が落ちた。
私はともかく、二人を高い場所にはやらない方がいいだろう。
いや、むしろ、万が一を考えて、ウェルダルにいてもらった方が……いや、こいつの怒りの矛先はおそらく、ウーゼンティシス家だ。
なら、会長はここに残した方がいい。
王女は……転移の魔法はおろか、飛行の魔法も使えない。
まあ、王女には私特製のネックレスがある。大事には至らないだろう。
『そうか、ウーゼンティシスに生き残りがいたか……』
……これは危険だ。
「会長、十分に注意していてください! やつの……デゼルグイエットの狙いは会長です!」
「わかったわ……」
武器はアルティナのままでいいだろう。
それだけの強敵……おそらく、今世最大。おまけに神話の存在ときた。
エルゲレンが復活する前に倒してしまおう。
「デゼルグイエット、私たちはあちらで殺し合おう。だからこの二人には手出しむよ――」
『――お前に用はない。用があるのは……そっちの小娘だ!!』
瞬間、デゼルの姿が霞み、会長の眼前に出現した。
……だが、狙い通り。
『死ね、ウーゼンティシス!』
デゼルの引き絞られた右腕のローブの先から、漆黒の長い指が見えた。
掛け声とともに放たれた手刀は、まっすぐに会長の心臓を狙い……
――がしっと、受け止められた。
『なに……?』
「矛先を露わにしておいて、私が対策しないでも思った?」
姿は会長……だが、会長に非ず。
予め会長から借りていた魔力で作っておいた〈分身体〉だ。
本物の会長は、〈障壁〉を張らせて海の中。
王女は私が分身体を生み出せることを知っているからな。見せても問題ない。
これがこれ以上広まれば、授業をサボれなくなってしまう。それだけは何としても避けたい。
分身体がデゼルの腕をがっしりとホールディングしている。
そのとき、荒れていた海が、方向性を持って集まりだした。
分身体とデゼルの真下に渦ができ、徐々に渦の中心が盛り上がり始めた。
盛り上がった海水は、手の形を取った。
水の手を真上から見ると、海の中が一部だけ見える。
そこから、水色の光が見える。――大量の水を操る、解放された精霊剣の光が。
『――くッ』
「――逃がさん」
そして分身体とデゼルは、海水でできた巨大な手に握り締められた。
私は王女の側に転移し、
「合わせるぞ!!」
「うん!」
私は王女と肩を並べ、私は左手を、王女は右手を水の手に向けた。
私は王女の魔法に合わせるだけでいい。
王女は自分の好きなようにするだけでいい。
私と王女は呼吸を合わせ、
「「――〈冷気爆弾〉」」
私たちの手の先に、真っ白な、冷気を発する手のひら大の玉が生成された。
それを、分身体とデゼルを握る手に向かって放った。