第97話 ゴースト・シップ
幽霊たちが呻き声を上げながら、手のひらをこちらに向けた。
――ッ!?
嫌な予感を感じた私は、王女と会長を急いで抱き寄せ、海の上に浮かぶエルゲレンの上に転移した。
刹那、先ほどまで私たちのいた空間が――歪んだ。
いや、空間が歪んだと言えば大げさになる。
正確に表現するなら、大気が歪んだのだ。
一定空間内の空気を一か所に凝縮させたようだ。
一体一体がそこそこ強い。
だが、こうしてハッキリと知覚できるようになって、気付いた。
船の内部……そこに、他とは比べ物にならないほど強大な波長が二つ。
一つは、悪魔ディヴィアルの波長と酷似している。これが悪魔か。
となると、もう一つは船の船長か? それっぽい奴はいなかったし……。こいつが黒幕か! 悪魔とは比べられないほど強い。
「しかし、どうしようか……」
「――〈極寒の夜〉」
王女が魔法を唱えるが……凍ったのは船だけ。
「……凍らない」
「幽霊たちはこことは違う次元にいるんだろう。しかも、レベルも高い。ただでさえ魔法が効きにくい相手に魔法は……やめておいた方がいいだろうな」
「それじゃあ……本当に打つ手なし?」
私には切り札である、超級魔法〈禁忌大爆発〉がある。
これを使えば、いくら幽霊と言えども、ダメージを負うだろう。
だが……次、幽霊が現れたら? そのときもまた実験を繰り返すというのか?
――非常に非効率的。
そのとき、王女がポツリ、と
「……霊剣なら……」
と口にした。
「霊剣? 霊剣は幽霊を斬れるのか?」
「幽霊を斬れるかは知らないけど、霊剣は特殊な剣。名前的にも、斬れてもおかしくない……」
「そうか、それがあったか!」
なんてことだ、完全に失念していた!
幽霊同士の攻撃は有効! ってか、無効なはずがない。
幽霊ならこちらにもいるじゃないか!
「会長、その精霊剣は海神から直接貰った、と言いましたね?」
「ええ、言ったわ」
「精霊剣なら、幽霊を斬れるかもしれません」
精霊剣は霊剣の上位互換。
完全に上位互換というわけではないから、確証はないが……おそらく、斬れる。
「お化けを……斬るの? ……え、本当に?」
「本当です。眼に見えている時点で、それは確かに存在するものです。存在する以上、斬れない通りはありません」
……根拠もクソもない持論だ。
少し半信半疑な会長をその気にさせるために言っているだけだ。
「わかったわ、やってみる」
なぜかはわからないが、どこの世界でもコレって通じるんだよな。
謎の説得力があるのか。こんな若造に?
確かに、私には実績がある。だが、今世は魔法がメインだ。
う~~む……謎だ。
まあ、結果オーライというやつだ。
「レスク……私は?」
王女が「私はどうすればいいのか」とでも言いたそうに尋ねてくるが……。
残念なことに、予備の霊剣なんてものはない。
「そうだな……待機……は嫌か」
「うん」
とは言ってもな……仕方ない。
ここは平等にしてやろう。
「じゃ……平等に行こうか」
私はブレスレットから刀身が真っ赤な剣――神剣アルティナを取り出した。
「それじゃ……」
……あれ、神剣を介して魔法を使えば……どうなる?
物は試しだ。
私は船の甲板と同じ高さに上昇し、剣を引いた。
剣に魔力と気を込め……
――瞬間、アルティナから魔力とも気とも違うエネルギーが流れ込んできた。
謎のエネルギーは気や魔力とも変な反応を起こすことなく、調和していた。新たなエネルギーか。
霊力とも似て非なるエネルギーだ。
だが、私は構わず剣を――
「――〈一〉」
――振り抜いた。
音もなく、幽霊たちの首と胴体がおさらばした。
幽霊たちは斬れ痕から消滅を始めた。
「王女、会長……船を!」
「――〈氷山〉」
「――〈渦潮〉」
王女は船の上空に大きな氷の塊を生成し、落とした。
会長は船を中心に、海に渦を発生させた。
船を砕き、海流で更に細かく砕き、海の藻屑にする。
……やはり、船で海に出るのはダメだな。うん。
だが……。
――パンッ!!
「「キャッ!」」
船の中心部から一瞬、強烈な魔力が噴き、二人の魔法が強制解除された。
凄まじい魔力だ。やはり私同様、他人に感じられる“強さ”を弄って弱く見せていたか……。
「会長……王女……少し下がっていてくれ。ここからは……私がやります」
私は王女と会長と距離を離し、一瞬、私の波長を解放した。
さすがに十割の解放は時間が掛かるし、周囲にどんな影響を与えるかわからない。
私が解放できたのは……五割か。普段が何割だ? 三割ぐらい? ……二・五?
波長=強さ
威嚇したおかげで、船の真ん中にいた一人が甲板に出てきた。
そいつは……幽霊ではなかった。
ちゃんと実体を持っている。
ローブは白を基調とし、青色と金色の線が走っており……祭服を彷彿させるようなものだった。
首からは、黄金色に輝くネックレスを下げている。
そして、金色の玉が数珠のように連なり、そいつ――……仮にローブゴーストとしよう――の周りを回っている。
まるで司祭だ。
だが、ローブの中は真っ暗で何も見えない。幽霊神官だな。
いや、幽霊ではないけど。
『我が覇道を邪魔するは、お前か?』
ガラガラ声で尋ねてきたが、声に重みがあるように感じた。
割れこそが絶対的支配者……とでも言いたげな態度だな。私でなければ、恐怖していただろう。
「ああ、失礼。こんな海のど真ん中に道があるとは思わなかった。……で、私有道に進入しているのは……あなたですか? 料金が発生しますよ」
こいつは…………強い!!