第95話 海龍エルゲレン討伐
翌朝。
朝食を済ませた私たちは、砂浜で、穏やかなウェルダルの海を眺めていた。
しかし、水平線の彼方は分厚い黒い雲で覆われている。
「レスク、天候が悪化しそう……」
「――すぐに片付ける」
私は二人に〈浮遊〉を掛け、自分に〈空中歩行〉を掛けた。
「会長、王女……手筈通りにお願いします」
「「了解!!」」
「それじゃあ……行きます!! 舌を噛まないように!」
私は宙を蹴り、〈閃撃〉を発動させた。
二人に掛かる負荷を最小限――ゼロに近くするため、二人を〈障壁〉で覆う。
それに、昨晩のうちに〈分身体〉を待機させておいた。
私よりも先に向かって、私たちが到着する頃には、海龍を見つけ、誘き出しているだろう。
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「――見つけました」
もちろん、私が……ではないがな。
だが、目的地は近い。
ふむ……。
戦闘に入る前に、分身体はその場を離れている。
とりあえず、〈分身体〉には裏を探らせよう。
きっと、海龍エルゲレンを操る者が近くに……いや、もしかしたら呪いを掛けた悪魔が出てくるかもしれない。
犯人は悪魔と、それを召喚した誰かだと、私は睨んでいる。
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……着いた。
私は〈閃撃〉と〈障壁〉を解き、空中で停止した。
王女と会長を遠くへやり、私は海を見下ろした。
ゴゴゴ……と海を割って、再び海龍エルゲレンが現れた。
一度潜り直したのか。
…………黒い鱗が二、三枚増えている。
呪いの侵食が速い。個人差があるとは言え、レイも危ないかもしれないな。
「ぎゃおおおおおおおおおおおお!!」
エルゲレンが雄叫びを上げる。
口の端から、炎がチラチラと顔を覗かせている。
刹那、エルゲレンの口から真っ赤な炎が放射された。
波長は……ふむ、三つか。
……反魔法はこれでいいな。
私は腰の鈴を鳴らし、〈火炎放射〉の反魔法を発動させる。
炎は、私を舐める寸前で掻き消えた。
まあ、この程度の威力なら、私の〈防護膜〉を破ることすらできなかっただろう。
「グるるるるるる……」
エルゲレンは私を睨む。
だが、まったく怖くない。
「曲がりなりにも、海神の使い魔だろう? 私をもっと楽しませることはできないのか?」
エルゲレンの体が波打ち、鱗が広がる。
エルゲレンを中心に魔力が迸り、波が荒れる。
上空に黒雲が集まりだした。
ぽつ……ぽつり、と雨が降り出す。
なるほど、天気を変えてきたか。
それほどまで、この龍の放った魔力が強かったということだ。もともと、近くに黒雲が迫っていたのも原因だが。
放たれる魔力が強すぎると、本人の意志とは関係なしに、周囲の環境に影響を及ぼすことがある。
魔力で満ちた世界特有の現象だ。
あの遺跡で一度、完全に魔力を解放したらどうなるのか試そうとしたが、完全に解放する前に地響きが聞こえてきたから止めた。
まあ、魔力を放出するのは、あくまで相手を威嚇するときだけ。
私が学園武闘祭の会長戦でやったようにな。
つまり、今エルゲレンがやっているのは……
「可愛い威嚇だね、エルゲレンちゃん? ……もういいかい? …………今、楽にしてやるからな」
私は〈雷撃の接触〉を発動させる。
ふむ、威力は……波長五つ分でいいか。
「――今!!」
「――『動くな』!」
会長がエルゲレンに大量の水を被せ、叫び、エルゲレンの動きを封じる。
会長のこの能力は、手に握った物体と同じ物を空間に固定させる、空間魔法の一種。
ウーゼンティシス家の血に刻まれた、特殊な能力。
波長は見えないが、波長換算で八つはない。
習得は自力でやるしかなさそうだな。
なぜ、魔法名を叫ばないのか……だが、一つ、仮説が立てられる。
おそらくだが、血に刻まれた魔法は、意思の力だけで発動させることができる。
だって……私は音を立てるだけで魔法を発動させているわけだし。
「――〈極寒の夜〉」
途端、周囲の気温が下がり、一部の水……特に、エルゲレンの体が纏った水が氷始めた。
王女と会長による、二重の捕縛術。
そして……
「――〈水槍〉」
「――〈氷槍〉」
二人同時に、動けないエルゲレンの両眼にそれぞれ、水の槍と氷の槍を放つ。
二人は将来のこの国の重要ポジションだ。
戦闘経験は大事。
――格上との戦闘では、まずは視界を奪うべし。
と、二人に教えた。会長には教えるまでもなかったがな。
卑怯な手はいくら使ってもいい。
二人は、生き残ることを優先すべき人間だ。
「レスク、眼は封じた」
「まだだッ!」
エルゲレンは眼を潰されても尚、王女の方を向いていた。
そして、口腔内に炎を蓄え……放出した。
だが、私がそうそう簡単に王女に攻撃を当てさせるわけがないだろう?
私は指を鳴らし、〈障壁〉で王女を覆った。
魔法そのものを掻き消しても良かったが、それでは味気ない。
――攻撃が当たったと見せかける。
私はエルゲレンの頭の上に転移し、エルゲレンの額に手を当てた。
そして…………波長五つ分の〈雷撃の接触〉を解放する。
私の手から解放された電撃が、エルゲレンの体を突き抜け……周囲の海をも包み込む。
雷撃はエルゲレンの体を内部から焼き、エルゲレンは黒煙を上げる。
そして…………
エルゲレンの巨体が海に沈む。