第93話 ウェルダルの怪物
呪いを隠し持った、巨大な龍のような怪物。
今回の依頼の魂胆は、貴族たちに“私”という存在を信頼させることにある。
つまりこれは、私が王国に仇なす存在でないと証明させるために充てられた、容易に解決できそうにない問題。
そう、今回の依頼はまさにうってつけだ。
討伐に成功すれば王国国民の利となるし、私への信頼度も上がる。
どこにも害はない。
全部、国王の策だろう。
意図も伝わっているし、そのように行動しないとな。
つまり、聖騎士の援助は期待しない方がいい。いや、できない。
ここは私たちの三人で解決するしかないのだが……。
まあ、私一人で解決するのが一番なんだが、会長はここの領の次々代当主だし、会長もやらなければならなかったらしい。
王女は……なぜなんだ?
まあいいや。
会長は、巨大魔獣という情報にいくつか心当たりがあると言っていたな。
これは何て魔獣だ?
「会長、心当たりはありますか?」
「……昔、この近海で崇められていた龍がいたって文献があったわ。その絵が、少し似ている気がするわね……」
ふむ……。
その可能性が一番高いな。
「レスク、呪いって……レイ先生が受けているっていう……あの?」
「ああ、そうだ。だが、だいぶ蝕まれている……」
「それじゃあ、レイ先生もそのうちあんな風に……?」
「…………わからない。だが、呪いを解除する術は早く見つけないと、まずいかもしれないな……」
「――レスク君、どうするの?」
会長の一言で、私は思考を現実に引き戻した。
眼前には、件の巨大魔獣。
これ以上は手だしして来ないのか、こちらを睨んでいるだけだ。
「――ぎゃおおおおおおおおおおおお!!」
…………睨むだけにしておけよ。
「会長、〈浮遊〉を掛けますよ?」
「ええ、お願い」
私は小脇に挟んだ会長に、王女同様に〈浮遊〉を掛けた。
「ところで会長、先ほどの、これに似た魔獣の名前は何て言うんですか?」
「たしか…………海龍エルゲレン」
「聞いといてなんですけど、名前持ちなんですか?」
「昔の人がそう名付けたらしいわ」
それだけ崇められていたってことか。
しかし、とても知性があるような眼には見えない。だから名前持ちなのかと会長に確認したのだ。
むしろ、理性を失っているように見える。やはり、呪いのせいか。
「会長、どうします? この……エレ…………エル……ゲレン……が、本当にこの近海を荒らしている確証もないですが」
「そうね。一度、撤退しましょう。明日、もう一度出ましょう」
エルゲレンの口の中に膨大な魔力が蓄積されているのが見えた。
私はそれが発射される寸前で〈全体転移〉を発動し、ウェルダル海岸へ引き上げた。
三人程度、消費魔力量は普通の〈転移〉と変わりない。
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砂浜に転移した私たちは、明日に向けて作戦を練ることにした。
主な被害は、船で遠出した人たち。
つまり、明日は私たちも船で出ようということになった。
「それで、仮にアレが問題の魔獣だったとして……倒す術はあるのかしら?」
「ないこともないですね。まあ海ともなれば、王女と会長が有利ですかね」
会長は水の精霊剣の持ち主で、王女は氷属性の魔法を使える。
……海なら、塩化ナトリウム……塩が溶け込んでいるし、電気を通しやすい。雷魔法が使える。
関係のない魚まで巻き込むことになるが、悪天候の日なんかは、雷はしょっちゅう海に落ちている。
誤差の範囲内だと思ってもらおう。やりすぎないようには気を付けるがな。
「船は……」
「船の手配は私に任せて」
王女が声を出した。
「とりあえず、壊れても大丈夫な船で頼む」
「わかった」
「大丈夫ってのは、弁償代が少なく済むという意味な」
「わかった」
「そうだ、会長。文献を見せてもらっても?」
「ええ、構わないわ」
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私たちは会長の案内で、この都市の博物館へ赴いていた。
博物館内の特別室に、その文献のコピーがあった(まあ、本物を見れるわけないよな)。
「閉館まで好きに見ていいって」
「ありがとうございます、会長」
私は王女とともに、手当たり次第に、それらしい本を読み始めた。
この近辺の魔獣の文献。
あの魔獣の情報が、少しでもほしい。
魔獣参加に参加するのは、王女と会長と私。
あの魔獣を見た感じ、私一人でも問題はないのだが、王女が「私も行く」と聞かなかった。
まあ、いざとなれば送り戻せばいい。
しかし、本をかなり絞ったとは言え……多いな。
今日中に読めるかな? うん、無理だろうな。
「王女、悪魔に関する記述があったら、それもマークしておいてくれ」
「わかった」
とは言え、ここの管理者はなかなか几帳面なようだ。
本はびっしりと、年代順に並べられており、一冊分の隙間もない。
……おかげで、圧迫感があり、読む気が失せるのだが。
とりあえず、片っ端から読んでいくしかないか……。
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「お二人とも、今日はもう閉館ですので……」
突然背後に現れた館長に言われ、ようやく壁の時計を見る。
時刻は二十時。
たしかに、お腹が空いた。
「それで、お目当ての記述はございましたか?」
「「うっ…………」」
私と王女は揃って俯く。
仕方ない。
今日読めたのは、全体の一割にも満たないのだから。
「まあ、明日も来られるといいですよ。この街に活気を取り戻そうと尽力してくださっている方々に対し、できる限りの援助をせずして、ウェルダルの民を語れましょうか」
「ありがとうございます」
「また明日、お邪魔させていただきます」
「はい、お気をつけてお帰りください」
私と王女は博物館を後にし、屋敷へ転移した。
会長には、ウーゼンティシス家の書庫を漁って貰っている。
おそらく、今日はそちらで過ごすだろう。
実家があるんだし、わざわざ王女の別荘に来る必要もないんだがな、あの人は。