第90話 頭を上下に振る
「ワーグナー・エヴィデンス、並びに従者、ガイオス・エラドよ。前に」
「「はっ!」」
ワーグナーとガイオスが進み出て、私の隣で頭を垂れる。
二人とも堂に入っている。さすがだ。
「レスク・エヴァンテールの出自を、知っているところまででいい。すべて話せ」
「はい。私がレスクと出会ったのは五年前、山脈の西側です。私が盗賊に襲われているところを、巨王の配下と共に守ってくれました」
途端、貴族や兵士たちの波長が大きく動いた。
めっっっちゃ驚いている。
若干、事実を美化されているように聞こえた。
ま……視点が違うんだ。しょうがない。
「そして保護し……エヴァンテールの姓を授けたと?」
「はい」
「重荷になると思わなかったのか?」
「はい。ですが、レスクの身の安全を保護する方法の中で、最も最適解だと思いました。何より、レスクは強かった。我が息子、アルティナの遺志を継げるのでは、という思いもありました」
アルティナの名をワーグナーが口にした瞬間、貴族や騎士たちが、一斉に私を見た。
ひそひそと、「アルティナ様の……」「なぜ出自もわからない子供に……」などと聞こえた。御尤もだ。
「そうか。……そうだな、こうしよう。――レスクよ、エヴァンテールを名乗る覚悟はあるか?」
「はい、あります」
何も考えていません。
強さを証明すればどうにかなるっぽいから、適当にやっていけばいいだろう。……なんて楽観主義的に考えている。
あと、突然話を振ってこないでほしい。
「――国王陛下、進言の許可を」
「ウーゼンティシス候。良い、許可する。述べよ」
名乗り出てきたのは、他の貴族に比べて質素に見える衣服を身に纏った男だった。
険のある顔に、歴戦の猛者のような気迫……。老けて見えるが、見た目より若いかもしれない。
しかし、ウーゼンティシスか。
アリス生徒会長の父親か?
「……レスクの実力は、本物であると見ています。学園での彼の様子を見ましたが……アルティナ殿にも匹敵します。――出自は問題ではありません。問題は、王国に敵対するか否か、です」
怖い顔して、私に味方してくれるのか、会長のお父さん(仮)。
「ウーゼンティシス候、それは少しばかり甘いのでは……? 忠誠心というのは様々な条件、環境の下で揺らぐものです」
そんな救世主に牙を剥く若い貴族が一人。
その貴族の父親らしき男は、その様子を黙って見ている。教育中かな。
「ほう……。であれば、王国に仇なす可能性が僅かにでもある其方を斬っても、問題……ないな?」
「なっ! い……いえ……。そのようなつもりは……」
侯爵は、腰の剣を握るような仕草を見せる。
国王の前ということもあり、その腰には何も差さっていないが……気迫は十分だ。
若い貴族が怯むには、十分だった。
しかし、意見を取り下げる気はないようだ。変な意地が邪魔をしているな。
「……よさんか、ウーゼンティシス候。……その心配はもっともだ。……エヴィデンス伯、ガイオス剣術指南役。レスクが王国に反旗を翻す恐れは?」
「「――ございません!」」
二人は声を揃えて、私の安全性を保証してくれた。
これじゃあ尚更、反旗を翻せないではないか……。ま、今のところそんなつもりはないがな。
この国には、大事なものが出来過ぎてしまっている。
そんな彼ら(……主に彼女ら)を傷つけるようなことはしない。――絶対にな!
「ワーグナー・エヴィデンス伯爵、並びにガイオス・エラド王国剣術指南役の名のもとに、レスク・エヴァンテールは王国の人間であると証明された!」
あんたは名を連ねないのかよ。
……なんて、微塵も思わなかったぞ。うん。
「何より、荒れていたライアルのアドベンチャラーたちを統制、更生させたのは……何を隠そう、彼だ。学園での日頃の行いにも問題は見られない。それだけで十分だろう。何か異議のある者は、その意志を示せ。何を言おうと、咎めはせん!」
咎めはせんって……その鋭い瞳で睨むように言われても、なかなか言えるものではないだろう。
ウーゼンティシス候にも負けず劣らずの鋭い瞳だ。〈蛇の眼〉いらずだな。
「……失礼ながら、申し上げさせて頂きます」
「うむ、アードレル子爵か。申してみよ」
アードレル……ヨモイ先輩と同じ家名。
先輩も貴族だったんだな。そこそこいい火の精霊剣を持っていたし、当然か。
「はい、レスク・エヴァンテールの素性は確かに、ほとんど明らかになりました。強さの秘密も、かの巨王を師と仰ぐ以上、納得がいきます」
思ったより似ていないのな。
母親似なのかな。
「だからこそ、〈使役〉を交わしてはいかがでしょう?」
途端、再びざわめきが生じた。
賛否両論の嵐だ。
そんな中、
「国王陛下……」
「エヴィデンス伯か」
ワーグナーが口を開くと、周囲の喧騒はピタリ……と止んだ。
「その魔法を掛けられた者の扱いは、奴隷と差異ありません。重罪人ならともかく、レスクは一般人。道徳的にいかがかと……」
「――しかし! 忠誠心に確信が持てない狗はいつ何をしでかすかわからないではありませんか!」
「――なら!! ここの場の全貴族、全聖騎士に使用するか!?」
ビリビリと会場が揺れる。
この二人の一連の会話で、この場の意見は大きく二分した。
どちらにも属さないのは、当の本人である私と、王家のみ。
この騒動に区切りをつけられるのは……国王その人のみだろう。
「静まれ!」
――ビリビリ……と会場に国王の声が響き亘る。
「忠誠が揺れないのはいい事だ。……だが、忠誠とは心。心ほど、不安定なものはない。それを強引に縛ることは私が認めん。……アードレル子爵、其方の心配、もっともだ。勇気のいる進言だっただろう。ありがとう。よく言ってくれた」
「はっ! 場を乱してしまい、申し訳ありませんでした」
「これ以上は議題の余地なし、だろう。レスクよ……貴様の言動一つで、我々はいつでも貴様に剣を向ける覚悟だ。よく考えて行動するように」
「ハッ! かしこまりました」
私は深く頭を下げ、覚悟を決めた。
一国を敵に回しては……行く場所がないな。南に行けば……と思うが、あちらは亜人国家。
人間は敵だと言う。
ティシザス帝国は……万が一を考えると行きたくない。
「話は以上だ! 明朝、馬車を用意する。それに乗ってウェルダルに向かうといい。では、今日はもう帰って休め」
ウェルダル……リゾート地かぁ。
夏だし、依頼のついでに、少しぐらい遊んでも罰は当たるまい! 水着を買って帰ろう。