第89話 一学期終業
「ワーグナー殿とガイオス殿の誕生日がいつか知ってるか、アルティナ?」
私がそう、アルティナに尋ねたのには、大きな理由がある。
ワーグナー・エヴィデンスは、この世界に転生し、捨てられた私を保護してくれた、私にとって親代わりの存在。
彼は私に、レスク・エヴァンテールという名を与えてくれた。
私にとって、彼は親に他ならないだ。
ガイオス・エラドはワーグナーの家の従者で、王国の剣術指南役かつ、私と同じAAランクアドベンチャラーだ。
私の良き運動相手だった。
初めから、嫌な顔一つせず、対等に私に接してくれた。
そんな二人から、私は誕生日プレゼントを貰った。
――私も贈らねば!
ということで、ワーグナーの実の息子であるアルティナなら知っているのでは、と思い、尋ねた次第だ。
『父上は八月の二十二日、ガイオスは同月の十七日だね。二人に贈るなら、父上の誕生日に合わせて贈るのがいいよ。ガイオスが遠慮するからね』
ふむ……夏休み中なのは幸いだった。
そろそろ夏休みに入るしな。夏休み中に見つければいいだろう。
二人とも、誕生日が近いときた。
……最悪、ワーグナーの誕生日に間に合えばいいのか。
「何がいいだろう」
『さあね。ちなみに君は何を貰ったの?』
確か私が貰ったのは……たしか、もうブレスレットに収めたんだったな。
あった、これだこれだ。
私はブレスレットから、一枚の羽を模ったネクタイピンを取り出した。
『それは……お守りの一つだね。天使の祝福、とか言ったかな』
「へえ……」
『僕も持ってたよ。他人に贈ることで効果を発揮するマジックアイテムだね。〈月光〉程度の神聖な加護を与えるんだ』
ふむ……〈月光〉程度か。
大したことないな。
だが、これはマジックアイテムである以前にお守りだ。
重要なのは、そこに込められた想いだ。
ワーグナーとガイオス。二人の想いが込められたこのアイテムは、きっと私にとって良いものとなるだろう。
ネクタイピンは着用自由だ。
だから私は、その日から早速付けることにした。
こうして制服を脱いでいるときだけ、ブレスレットの中で保管している。
『今日は終業式だよね?』
「ああ、午前で終わって、そのまま夏休みだな。特別に予定がない日は、ライアルで適当に活動しようか」
『そうだね』
私は準備を済ませ、部屋を出た。
今日は終業式だ。一学期は、長いようで短かったな。
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なぜだ……。
なぜ私はこんな場所にいるんだ……?
奥行きの広い空間。
真ん中には紅いカーペット、天井にはシャンデリア。日の光がふんだんに入る……窓が多い構造となっている。
最奥には数段だけ階段があり、その上には豪華な椅子が二つ、置かれている。
そしてそれぞれに、豪華な衣服を着た男女が座っている。
フレイガルス国王と、ミッドレイズ女王だ。
部屋の両脇には大量の貴族や兵士たち。
その中に、王女の姿も見えた。終業式が終わって、一緒に来たからな。
……ワーグナーとガイオスもいるな。遠くからわざわざ……。
そして、私は部屋の外で待機していた兵士に言われた通り、片膝をついて頭を垂れている。
今の私は一介の学生徒。
国王に情報操作をされているから、私がAAランクアドベンチャラーというのは知られていないはずだ。国王の情報操作が完璧ならな。
だから学生。
「面を上げよ、レスク・エヴァンテール」
「はっ!」
私は言われた通り、顔を上げる。
「今日は良く来てくれた。少しばかり、依頼があって呼ばせてもらった」
依頼という言い方に違和感を覚えた。
つまり、今日は私を……アドベンチャラーとして呼んだということか?
それとも、【学園最強】として、か?
後者の方が可能性は高い。
「――AAランクアドベンチャラー、レスク・エヴァンテールよ……」
前者か。
国王がその言葉を口にした瞬間、貴族や兵士たちにざわめきが生じる。
仕方ない。
国王が情報を操作していたからな。
しかし、この反応を見るに、やはりAAランクアドベンチャラーというのは貴重なんだな。
……貴族や兵士たちのその眼の奥に、強い懐疑の色が湛えられているのが、それを証明している。
まあ、この若さだしな。十六歳(実はもっと若い六歳だが)の少年がAAランクなんてな。
精神年齢は六千オーバーだけどな。それは関係ないか。
「貴殿のアドベンチャラーとしての五年近くの活躍は見事だった。中でも極めつけは、封印されていた悪魔の討伐」
「なっ! 失礼ですが、国王陛下……それは聖騎士ドミィと、元聖騎士マインが討伐したもののはずでは!?」
玉座の近くに立っていた貴族が身を乗り出し、声を荒げる。
確かに、私に関する情報が規制されていたのなら、そのように報告されていてもおかしくない。
「ああ、私が情報を統制していた。彼はライアルでアドベンチャラーとして活動していたからな。そうだな、聖騎士ドミィ?」
「はい、間違いありません」
ウィグもいたのか。
一応、会場の警備として並んでいるようだが。
「これで満足か、ゲゼシス?」
「……はっ」
ゲゼシス……?
青い髪と瞳……ああ、確かに似ている気がするが……歳が離れすぎている。
祖父か? 後ろにもう一人、テオ副生徒会長に似た顔立ちのおじさんが立っているな。
「しかし、悪魔討伐の証拠がないのも事実。そこで……本題だ、エヴァンテール」
「はっ!」
本題……。
私がAAランクアドベンチャラーであるという事実を公表した上で入った本題。
かなり高難易度の依頼か……。
それとは別に思惑もありそうだがな。
「つい先日、最西端のリゾート地……ウェルダル海岸近海で、謎の巨大魔獣の影が確認された」
海か……。
水中戦では、魔法も動きも大きく制限される。正直、かなり面倒な環境だ。
「ここ一週間で、かなりの人的、経済的被害が出ている。推定ランクB以上だが、が、あくまで推定。……依頼は討伐だ。いけるか?」
いけるか……か。
なめられたものだ。
「――いけます。お任せください」
……貴族たちと兵士たちに動揺の色が見えた。
まあ、ランクというのはあくまで魔獣そのものの強さの指標。環境が海であることを考慮すると、討伐はかなり難しい。
「うむ、頼んだぞ。……さて、次だ。……ワーグナー・エヴィデンスよ」
「――はっ」
次は……ワーグナー?
何を始めるつもりだ、国王……?