第85話 会長の切り札
会長は完全に水になったようだ。
それは魔法ではなく、会長の持つ水の精霊剣の技能の一つと見て、まず間違いない。
中ぐらいの水精霊の肩に、他の二体の水精霊が手を置いている。
手の先は完全に同化している。妖精の体も、所詮は水か。
「こうなった私を倒すことは、もう、できないわよ。この手を使うまで追い込まれたのは久しぶりね」
そこまでして【学園最強】の座を奪われたくないのか?
それとも…………生徒会長としての意地か?
しかし、これが会長の切り札か。
切り札に相応しいが、こんな場所で披露するものか? 本当に命が懸かっているときに披露するものだろう?
しかし、力の源はあそこか……。
あれを叩けば……。
「……ウンちゃんたち、こっちへおいで」
会長がそう呼びかけると、水妖精たちは姿を消し、姿を消す前と同じ状態で、再び会長の背後に現れた。
転移したわけではない……。一度精霊剣に戻し、再び召喚したのか……?
それとも、精霊たちは自在に主人の下へ転移できたりするのだろうか? ……わからないな。
「行くわよ……――〈合体〉!」
水妖精三体は、会長に沈み込むように消えて行った。
波長は検出できなかった。精霊剣の技能か。
〈合体〉は名前の通り、呼び出した精霊と一体化する効果を持つのだろう。
水妖精が会長の中に沈み込むと、会長の水化が解け……代わりに会長の背中から、三対の薄い翅が生えた。
会場の至る所から水が溢れ出し、会場を再び水浸しにする。
会長の魔力が急激に膨れ上がり、波長も強くなった。
だが、縛りの中でも勝つことはできる。だが、確実ではない……すごいな、さすがは【学園最強】。
〈合体〉が不完全なのか、そもそも精霊の顕現が不完全だったのかはわからないが……少なくとも、完全体ではない。
強くはなったが……そのすべてを引き出せはしないだろう。
器に入りきらないだけの力が、そこにあるせいだな。
……精霊剣が強すぎる。神剣に成るのも時間の問題かもしれない。
しかし、〈合体〉か。
アルティナとできるかな? アルティナも剣に憑いているわけだし、精霊と同じようなものだろう、きっと。
今夜にでもやってみるとしよう。あの、ディヴィアルと戦った遺跡で。
あそこは最高の実験場だ。本当にいい場所を見つけた。
帰り際、あの扉は私が再封印したし、あの広間に行けるのは……私の他には、レイとウィグだけだ。
しかしあの二人は、あの広間へ行く目的を持ち合わせていない。
訓練場はすでに事足りているからな。
「いつまで余所見しているつもりかしら?」
会長はそう言うと、姿を消した。
チラッと、一瞬だけだったが、会長が地面……地面の水に吸い込まれるのが見えた。
おそらく、水と一体化したのだろう。
「会長も、多芸に見えてあまり芸がないんですね。攻略法が変わらないものは、違うものとは言いませんよ? ――〈雷撃の接触〉」
私は、電気を纏った右手で水に触れる。
この魔法は、電気の強さがピンからキリまで調節可能だ。込める魔力量に比例させることができる。
この魔法は、込めることのできる魔力量に上限がない。
波長はたったの三つだが、込める魔力量によっては……超級まで行けるかもしれないな。
しれない、というのは、威力を高めようとするに従い、必要な魔力量が倍増するせいだ。
グラフに表す(縦軸が消費魔力量、横軸は魔法の威力)とすると……右上がりの二次曲線に近いグラフになる。
この様子だと、私の魔力量が最大にまで回復していても、超級には至れないだろうな。エネルギーの代替はできないし。
私が水に手を触れ、残存する魔力の三分の一を込める。
到達するのは、波長六つ級。
今回込めた量は、完全に回復した状態の四分の一だ。
暴徒化しそうになったやつらを束縛したしな。
今日は意外と魔力消費量が多かった。
「――キャッ!」
水を強引に電気分解し、会長を炙り出す。
本来なら――先ほどもそうだったが――薄く水酸化ナトリウムを混ぜなければ、水は電気を通しにくいままだ。
この科学の鉄則を、魔法で強引にぶち破ったのだ。
水の分解に呼応するように、会長は突然、空中に現れた。
というより、地面から水の塊が飛び出し、それが会長となったのだ。
「電気で水を分解したのね……。でも、この体は分解も、燃やすことも、凍らせることもできないわよ」
「それはどうでしょう? やってみなければわかりませんよ?」
そう、何事も実践は大切だ。
だが……相手は水の塊だ。人間の体とは勝手が違う。
下手に強い魔法も打てない。殺してはならないからな。まあ、縛りで防いでいる。
液体状の体……どうしよう。
殴っても、斬っても無効化されるだろう。分断してもすぐにくっ付きそうだ。
まあ、策はある。
「会長……もう終わらせましょう。少し……歯を食いしばっていてください」
「歯はないわ」
私は拳を握り、そこに風を纏わせた。初級魔法〈風拳〉だ。
これで……
――勝つ。