第82話 〈影の手・水バージョン〉
〈影の手〉…………の水バージョンか。
なるほど確かに。
地面に張られた、薄い水の膜。
そこから無数の腕が伸びている。
これも精霊剣の技能……とみてよさそうだ。
精霊剣が光ってたしな。
一体、いくつ技能があるんだ?
水の発生、〈霧隠れ〉、他属性の魔法のバージョン違い。
ヨモイ先輩からは得られなかった情報が、湧き水のように溢れ出てくる。
……別に、上手いことを言った、なんて思ってはいない。
「出ました、会長の〈影の手・水バージョン〉! エヴァンテールを苦しめたチャングゼン生徒会庶務の脅威、再び!!」
苦しめられてはいない。
ん……?
会長の剣、よく見ると、妖精の姿は両面で合計三体彫られている。大小はあるが。
そうだ。 思い出せ。
〈霧隠れ〉を発動したときと、水を発生させたときと、水バージョンを発動させたとき。
光ったのは、どの妖精だった?
…………最初が中ぐらいのやつ、二番目が一番小さいの、さっきのが一番大きいやつ。
「……それが、その剣最後の技能ですね?」
「ええ、そうよ! ――でも! ノルと同じだと思わないでね?」
たしかにな。
この足元の水を消さないといけないのだが、この水は〈影の手・水バージョン〉も精霊剣の技能だ。
先ほどのように、反魔法でどうこうすることはできない。波長が見えないからな。
つまり、真っ向から対処するしかない。
ただ、チャングゼン先輩よりも経験値はないはずだ。
扱いになれていない。
手の生え具合もまばらだし。
ここで一気に消し去ることもできる。例えば〈大雪原〉で一気に凍らせたりな。
だが、この状況をもっと楽しみたい。
ヨモイ先輩のときはできなかったが、精霊剣について詳しく知れるいい機会だ。
適当にいなしつつ、詳しく分析していこう。
現時点で判明しているのは以下の通りだ。
精霊剣と同じ属性の魔法は強化される。
だがこれは、属性持ちの精霊剣、それ自体の特性だ。固有の特性ではない。
また、精霊剣を介して魔法を発動させることもできる。
これは通常威力の魔法となる。発動しているのは精霊剣である、という認識で正しいだろう。
何かしらの能力が発動する――精霊剣が関与する時、精霊剣が光る。
精霊剣が魔法を発動するときの光はかなり薄かったがな。どちらかと言うと、精霊剣の魔力を感じ取る方が楽だ。
もう一つ、会長のものと同じレベルの精霊剣があればなぁ……。
とりあえず、ここで集められるだけ、情報は集めておこう。今後、そういった剣を持つ者が現れるかもしれないしな。
買うことができれば一番いいのだが。どこかに売っていないかな……。
アルティナと二刀流……いいな。
色合い的に青系がいいな……。会長のは緑っぽいからいらない。
アルティナが淡い赤色だからな。色合いで考えれば、淡い青がいい。
「会長がその気なら、私も乗りましょう。……チャングゼン先輩、借ります」
先輩からグッドマークも貰ったし、やろう。
「――〈奈落からの使者〉」
もちろん、名前はオリジナルだ。
だって、いちいち二つの魔法を詠唱する、なんて面倒くさいことはしたくない。
一言発すれば魔法が発動できるし、適当に二言呟くだけで完成だ。
有効活用しないとな。
声に合わせて〈月光〉を発動させ、コンマ数秒後に〈影の手〉を発動させる。
この時間差が大事だ。影ができるのに、若干の時間差があるからな。
ちなみに、名称はオリジナルなだけあって、適当だ。
なんかそれっぽい名前を考えた結果だ。考える時間もなかったしな。
……その割には、なかなかそれっぽくカッコよくなったな。
「それはノルの……っ! ……そんな名前だったかしら?」
「お気になさらず。……ああ、お互い様ですね。さあ、始めましょうか……。どちらの模造品が強いのか……」
「いいわね、面白そう――ねっ!」
それぞれが百本ほどもある、影の手と水の手がぶつかる。
手と手を組み合わせ、力比べをしている。
「ぐ……っ!」
会長は精霊剣に込める魔力量を増やしているが、それに合わせて私も魔力を〈影の手〉に注いでいる。
精霊剣という物体を介して魔力を注ぐ会長と、直接魔力を注げる私。
供給速度という点で見れば、私に分配が上がる。
ここで一気に落とす!
――ばしゃんっ
すべての〈影の手・水バージョン〉が破壊され、会長に〈影の手〉が迫る。
……うん、この波長は……。
「――〈転移〉」
――ドドンッ
会長のいた場所を〈影の手〉が抉る。
だが、そんなことはどうでもいい。
「……はぁっ!」
私の背後に転移した会長が、私のがら空き(に見える)の背中に剣を振り下ろす。
「会長、バレバレです」
私は剣が振り下ろされる間際に〈転移〉で会長の背後に転移し、背中を軽く押した。
「きゃっ!」
会長はバランスを崩し、転倒した。
――ドンッ!
なっ……。
〈影の手・水バージョン〉が私の〈防護膜〉を破壊する。
私の背後にも新たに出現させていたのか……。完全に油断していた。
「――〈水爆〉」
私の足元の水が破裂した。
ダメージは入らなそうだったので、受け入れてみた。
ダメージが入らなさそうだったから、会長の思惑を知りたかった。
しかし、そろそろ手数もなくなってきたようだ。
少し追い込んでみる頃合いか。
互いにダメージはゼロ。
追い詰めれば、切り札を出してくるかもしれない。
……が、相手はあの会長だ。
私と同じように、切り札はここぞというとき……死に瀕した場面でのみ使うだろう。
こんな死の危険の薄い学校行事で切り札を切るとは思わない。
しかし、切り札の技能はほとんど曝したとみてよさそうだ。
妖精の絵一つにつき、技能が一つとは限らない。だが、限らないだけだ。
しかし、縛りはとりあえず続行で……。
私だって、手の内はこんな場所じゃ明かさないさ。
まあ、波長が六つ以上の魔法はまだ少ないしな。見つけるのも珍しい。偶然の産物に近いものだ。
それだけ、難しいということだ。
ライアルで〈滅炎〉が見れてよかった。
あれがなければ、〈凍結〉は見つかっていなかっただろう。
――さて!
始めようか……第二ステージを!