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第8話  98/100の名前

 私がワーグナーの屋敷に来て、三週間が経過した。


 私はちょうど一週間でこの世界の言語を習得したというフリをやめた。

 その後、更に一週間かけ、流暢に話せるようになったフリをした。


 やれやれ。フリをしてばかりだな。

 もしかしたら、成長するフリもせねばならないかもな。そうなった場合は〈成長マチュアル〉をちびちびと掛け続けるしかあるまい。


 そしてその後、書室が開けられた。

 部屋と、中庭へ続く廊下すら歩けなかったのだが、大きな進歩だ。


 書物はいいぞ。

 心の癒しにもなるし、頭の体操になる。

 それに何より、知識が増える。知識と言うのは、いつどこで役に立つかわからない。

 

 しかし、食事は相変わらず部屋で取る。

 だがそれも時間の問題だろう。直に、家庭教師がつくらしい。

 親代わり……なのだろうか。


 しかし、名はまだない。生後半年と一週間。





 中庭で、硬い金属同士がぶつかり合う音が響く。

 その間隔は狭く、かなり短い頻度でぶつかっているようだった。


 音を立てているのは、青年と年端もいかない少年。

 青年はガイオス。少年は……私だ。




 やはり、剣はいい。

 変幻自在な攻撃を可能とし、何より扱いやすい。


 しかし、やはりガイオスは強いな。

 剣術、体術なんかは肉体が成熟しないと、体が追い付かない。成長できる術を持っているのに、この状況じゃ使えない。

 残念だ。




 私の持つあらゆる術は、一種の極に達している。

 あらゆる世界のあらゆる流派の免許皆伝を受けた私だ。私自身で流派を開いたこともある。


「少年。その流派はなんだ?」

「流派? そんなものはない」


 私はこの世界に来てから敬語を習っていない。

 正確には、皇室にいた頃は敬語を聞いていた。しかし、まあ……なんだ。

 言語を習得したのは最近という設定だ。まあいいだろう。


「ないはずがないだろう? その剣筋には迷いがなく、何しろ……重みがある」


 ふむ。よくある展開だ……というより、よくあった展開だ。

 そういうときは、とりあえずこう言って、無理やり通せば問題ない。


「強いて言うなら……我流」

「ふむ……。十歳の子供にしては……まあいいか」


 やはり、信じてきれていないようだ。

 しかしだなぁ。この世界にはないものだしな。

 というか、様々な流派を統合し、錬磨したのが私の流派だ。


 ちなみに私は、見た目通りの『十歳の子供』として認識させている。

 ワーグナーと相談し、そういうことにしておいた。


「今日はここまでにしよう」


 ガイオスは木刀をだらりと垂らした。私もそれに倣った。

 ガイオスは真剣を持っているが、私にはない。創造系の魔法の練度が上がれば、剣も生成できるようになるはずなのだが……。

 いかんせん、創造系(または錬金系)魔法の波長すら見つかっていない。


 この世界では創造系魔法の発展が遅れているようだな。

 でないと、他世界の創造系魔法の波長がかすりもしない(・・・・・・・)なんてこと……あり得ない。

 

 今のところ、四元素のうち、水と風は発現済みだ。

 火は……見つけてはいるが、私が使ったら暴発した。最初から威力が若干高めの初級魔法の波長を見つけてしまったらしい。


 私の中での概念……感覚としては、波長一つの魔法は初級。

 二つ、三つで完成される魔法が中級。

 それ以上で上級。つまり、上級はピンキリだ。

 私は勝手に、十以上で超級と呼んでいる。もちろん、使えるからこそ、そう呼んでいるのだがな。


「しかし、我流でそれとはな。将来が不安であり、楽しみだな。私がこうして戦う必要はないのかもな」

「体をほぐす必要はある。適度な運動は大切」

「そうだな。ではな……」





 その後、私は浴場で汗を流し、書庫で本を読んでいた。


 最近読み進めているのは『偽りの聖王と神聖なる悪魔』というタイトルの物語だ。

 大ヒット作品なのだろう。出版された巻数は二十。しかも未完結作品。

 一冊一冊も分厚く、一冊読むのに三時間は掛かる。


 目の動きを強化すれば、もっと速く読めるが……それは本に無礼というものだろう。

 

「――その本が好きなのかね?」


 私の背後に立っていたワーグナーが声をかけてきた。

 読書中に声を掛けてくるとは………………まあいい。


 私はこの物語が好きだ。

 今は三巻目を中ごろまで読み進めたところだ。


 偶然の一致なのだろうが、私の三十一回目の人生に似ているところがあり、この主人公に親近感が湧いたのだ。


 魔族として生まれた主人公が人の世界に召喚され、魔族を排除しようとする思想と真っ向から戦うという物語だ。

 その道中で様々な迫害、障害を乗り越えながらも、人の心の優しさに触れる物語っだ……今のところはな。

 挿絵があったが、主人公の姿は普通の人間となんら変わりない容姿だった。しかし、その瞳孔だけが、人と違っていた。




 私の三十一回目の人生もそうだった。

 召喚されこそしなかったものの、私は人間の世界に生まれた魔族だった。

 魔族ってだけで人間たちからは迫害されていたのだが……。


 力なき両親の子……。突然変異だと思われたのだろう。

 悪魔王族すら凌駕する力を、子供の頃から有していて、それが早々にばれてしまったのだ。

 それで悪魔族から追放されてしまった。


 その世界の悪魔族は結束が強く、上下関係が絶対だった。

 悪魔のトップが私を追放すると宣言したため、私はそれに逆らえず、悪魔の領域に入ることができなかった。

 だから人間の世界で過ごすしかなかった。


 幸いにも、心優しき人間の協力者が数人ほどいたおかげで、私は最終的に山の奥で隠居生活。

 しかし……まあ、なんやかんやあり、私は世界を滅ぼしたというわけだ。


「ふむ、ちょうどいい。これよりお前の名は……」


 『神聖なる悪魔』から取るのだろうか? なら……


「「レスク」」

「……家名は……さすがにエヴィデンスを名乗らせるわけにはならんからな。客人としてエヴァンテールを名乗るといい。エヴィデンス家客人の証だ」


 レスク・エヴァンテール。

 それが、98/100回目の私の人生の名――

 

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