第75話 チャングセン先輩
そして更に時は進み……。第四戦。
「第四戦! 生徒会庶務レスク・エヴァンテール。……対するは、生徒会書記ノルデル・チャングゼン。再び生徒会VS生徒会です!! レスク・エヴァンテールに休む暇は与えられないのか!?」
ノルデル・チャングゼン。一個上の二年生だ。
濃紺の艶のある長髪に、怪しげな金色の瞳。
前髪で顔の大部分を隠している。
いわゆる、ヤンデレ風の少女だ。
背丈も小さいしな。
しかし、生徒会長アリスからは『学園でも指折りの実力者』と称されている。
会長からの評価は高かった。警戒すべき。
それと、司会の言葉にはひどく同意したい。
なぜ二戦連続で生徒会メンバーなんだ。つくづくツイていない。
「よろしくねぇ、レスクくん?」
「よろしくお願いします、チャングゼン先輩」
ローズよりも、そしてヨモイ先輩よりも強いだろう。
正直、生徒会では、王女以外のメンバーの実力は底が見えない。
そもそも、戦っている姿を見ることがなかった。
ローズはさっき、どちらも見た。
体の筋肉の付き方を見れば、近接戦闘型か魔法型かの区別はつく。
私のような、両取りの例外こそあるがな。
――つまり、魔法と肉体は別物、と言うことだ。
話が逸れた。
今は目の前の敵に集中しよう。
「では両者……構えてください!」
私は剣を抜き、構えた。
チャングゼン先輩は意外にも短剣を抜き、構えた。
「――始め!!」
まずは様子見だ。
先輩の短剣……マジックアイテムの一種か。魔法のベールが掛かっている。
その上で、先輩が魔法のベールを重ね掛けしている。
マジックアイテムの応用か。
本来のマジックアイテムの効果に自身の魔法を加え、強化……または効果を変質させているのか?
それとも、そう言うマジックアイテムか?
「……来ないのぉ、レスクくん?」
「初手は先輩にお譲りしようかと思いましてね」
「へぇ……思ったよりも慎重派なんだね。もっとワイルドで……力でごり押すタイプかと思ってた……」
失礼だな、この先輩は。
とは言え、今までの私の行動を振り返って見ると…………うん、そう思われていても仕方がない。
何か問題を……特に暴力関連の問題を起こした生徒には〈超重力〉で強制鎮静化。
決闘を挑まれても、無傷でハンディキャップを大量に設定した状態で勝利を収めてきた。
極めつけはメンヘラ毒女事件。
そう言えば、あいつ元気かな。あの日以来見ていない。
「それじゃあ、いっくねぇ~~? ――〈盲目化〉」
状態異常系の魔法か。波長は二つ……。
反魔法を……いや、抵抗は容易だ。
「…………?」
どういうことだ?
抵抗――体内に反魔法の波長を作り出し、魔法の効果を打ち消す――は成功したはずだ。
波長は完璧だった。二つ程度、おまけに手本が目の前にある状態。……失敗しようがない。
――しかし、私の視力は奪われた。
「かかったね……レスクくん?」
「抵抗には成功したと思ったのですが……なぜですか?」
「んん? 教えないよぉ。それじゃあねぇ。――〈炸裂炎〉」
――パチンッ
「……ぇ?」
「視力と魔眼は別物ですよ、先輩」
私だって、〈炸裂炎〉ぐらい使える。
詠唱を聞いた時点で反魔法を作れた。
目が見えないからと言って、波長が作れないわけではない。
相手が詠唱し、尚且つその波長を知っている場合、打ち消すのは容易だ。
「それと……」
再び指を鳴らし、今度は〈状態異常回復〉を発動させ、〈盲目化〉の効果を打ち消す。
再び視界に光が満ち……視力が戻った。
ふむ……。難なく成功したな。
こちらの方が波長は多いし、〈状態異常回復〉は元通りに正す魔法。どちらが優先されるか……それは明白だろう。
ま、実際には賭けだった。
賭けに勝ったから、こうして語ることができるというものだ。
「ふふっ……。まさか破られるなんてね……。面倒になってきちゃったよぉ」
「面倒……ですか」
抵抗を突破された要因が不明な以上、警戒レベルを上げなければならない。
次は深く……もっと、細部まで観察したいが……先輩は冷静で慎重だ。
おそらく、この戦いの中では、ここぞという時でしか、同じ手は出してこない。
「じゃあ……。――〈月光〉」
……月?
魔法の発動とともに、空に月が生まれた。とは言え、本物の月ほど距離は離れていないし、大きくない。
少し上空に浮かんでいる、月モドキでしかない。
月が現れても、依然として空は晴天。
……やけに大きい月だけが、違和感を形にしていた。
「まだまだ終わらないよぉ? ――〈影の手〉」
月が地面に作った円形の薄い影から、幾百もの手が伸びた。
波長は三つ。影を媒介に発動する魔法か。
推測するに、〈月光〉も〈影の手〉も単純な能力しか持たない。
それ故に、持つ波長が少ないのだろう。
しかし侮れない。
相手はあのチャングゼン先輩だ。
私の実力を認めた……知った上で切ってきた手札だ。
チャングゼン先輩の脳内では私を倒しうるルートの鍵だろう。
「影に重力は効かない。レスクくんお得意の〈超重力〉とやらは使えないね? フフッ」
先輩が笑った瞬間、月が一回り大きくなった。
それに伴い、地面に落ちる影も大きくなり、影の手も増えた。
「文字通り、手数さえ揃えれば私に勝てるとでもお考えですか? 私が〈超重力〉以外の手があることをお考えでないのですか?」
「ん~~? そんなの関係ないよ。どれだけ君が強くても、これなら君を倒せる」
嘘はついていないようだ。
本当にこれで私を倒すと? 見た感じ、ただの影でできた手だ。
光を発生させればすべて消え去るほど脆い、中級魔法だ。
私が少し音を立てれば消えるはずだが……まあいい。
戦術の幅が広がるやもしれん。
最低でも、一撃で私の意識を奪えなければ勝てない。
私から音を出す術を奪うことができれば……魔法という手段が私から消える。だが、ただそれだけだ。