第74話 期待の子
「な、なんと……ッ! エヴァンテールの姿が、まったく見えません!!」
私は〈閃撃〉を発動し、闘技場内を立体的に、縦横無尽に駆けまわる。
司会は「全く見えない」など言っているが、ある程度目で追われている。
まー、そこまでスピードは上げられないからな。
だが、ローズは辺りをキョロキョロと見まわしている。
やはり、私のスピードに目が追い付いていないようだな。
「そこ!」
「ぐっ!」
私はローズの構えた剣に一撃を入れる。牽制だ。
「どうした、ローズ・アンゼリオ! そんなものか!?」
「そんなこと…………ない!!」
ローズは腰から剣を抜き、両手それぞれに剣を構え、目を瞑った。
「すぅーー……はあぁ……」
……気が、ローズを中心に、球状に放出されている?
半径は……ふむ。ちょうど、ローズの間合いか。
気の濃度はかなり薄い。
これがローズの切り札か?
――面白い!
私が気の膜に触れた瞬間、目の前に白刃が迫っていた。
――速い!!
私はそれを紙一重で避け、再び距離を取った。
距離を取った先で〈閃撃〉を解除し、立ち止まった。
あのまま距離を縮めてもよかったのだが、嫌な予感がした。
見覚えがある。もちろん、見たのは今世ではない。
「脊髄反射……自動迎撃反応か」
一朝一夕で習得できるほど甘い技ではない。
脊髄反射は意図してできるものではないからだ。私ですら、未だ習得できていないとうのに。
しかし……まだまだ未熟だな。
「気に揺らぎが目立ち、息遣いも荒い。気の操作に不慣れな証拠だな」
「気……?」
なるほど、やはり無意識か。
しかし、まさか脊髄反射を意図して行える者がこの世界に……しかも、こんな子供が…………。
こればかりは、才能か。
ローズに王女……――二人の天才肌タイプな強者の卵。
才能……か。理論と経験ばかり積み重ねてきた私から遠ざかっていってしまったものだ。
「どこまで耐えられるか、試させてもらうぞ」
「お構いなく!!」
私は再び〈閃撃〉を発動させ、飛び回る。
時々、気の膜すれすれを飛び、ローズの反応を見てみた。
やはりと言うべきか、少し触れただけで剣が伸びてきた。
やはり、私と言えども一朝一夕で獲得できる技ではない。これは再認識した。
特に、思考を巡らせることの多い私にとっては、余計に難しい技術だ。
ローズはどのようにして習得したのだろうか。
これがあれば、盗賊に捕まることはなかったと思うのだが……。
盗賊の中に怪我人と言えば、切り傷ぐらいの軽傷だった。ローズがつけた傷かどうかは不明だが、ローズは寝ていただけ。
おそらく、違う。ローズじゃない。
となると……習得はかなり最近か?
しかし、ローズに気の概念はない。
それがより一層、この球体上の膜を謎にする。
「レスク、私のスタミナ切れを狙うって魂胆ね? そうはさせない!」
その瞬間、気の球が一瞬だけ、大きくなり……萎んだ。
――ドズンッ!!
何か、強い衝撃が地面を伝い、私の足元に僅かな空気の揺れ伝わる。
私を転ばせるのが狙いか……? 残念だが、私は地面に足を着けていなかった。
「これで私が勝ったら、剣を弁償しなさい! ――ハァアッ!!」
ローズが新品の剣に魔力と気を練り込んでいる。
そこには、魔力と気の住み分け……なんてものはなく、ただただ雑に入れられている。
……まずい。
このままだと、ローズの剣は暴発し、余波と飛び散った剣の欠片でローズ《・》大怪我を負うことになる。
私が回復魔法を使えると言っても、そうせずに済むにこしたことはない。
それに、最悪の場合も想定せねばならない。
例えば、剣の破片が眼球を貫通し、脳にまで到達したりな。
脳自体は魔法でどうにか治せるが……脳は後遺症が残りやすい。脳の持つ情報は目に見えないからな。
特に視床下部がやられた場合、後遺症が残らない方が難しい。ホルモンの中枢である視床下部がダメージを受けると、その間は……
ある意味最悪なのは記憶を司る海馬だが……。
結局のところ、脳にダメージを受けても問題ない場所、なんてものはない。
時間がない!!
そう思った瞬間、私は勢いのままにローズに接近し、その刃を受けた。
――ドガンッ!!!
凄まじい爆発音が辺りに響き、闘技場に亀裂が走る。
ローズは……手加減を知らないのか?
私じゃなかったら大怪我だ。
「な……なん……で……」
剣を突き出した姿勢のまま硬直したローズが、ほぼ無傷の私を見て大きく動揺する。
「いや、大したものだぞ、ローズ? 私の張っていた〈防護膜〉が吹き飛んだ。すべてを消しきれず、少し食らった」
「そんな……」
「まあ、気も魔力も雑に練り込んだせいか、勢いを逃がすのに、苦労はしなかったがな」
ローズは魔力と気を、とりあえず入るだけ入れよう! って感じで粗雑に入れていたものだから、力が一つの方向を持たず、威力が低下していた。
私の〈防護膜〉を消し飛ばすには十分な威力だったが、それだけでほとんど持っていかれ、私は大したダメージを受けなかったというわけだ。
そして、ローズの剣に罅が入り、ぼろぼろと砕け散る。
「今ので、魔力も気もかなり消費したはずだ。慣れない気を酷使し、体力も限界。……ローズ、お前の負けだ」
「そのようね……降参」
「ここでローズ・アンゼリオが降参宣言!! 生徒会庶務同士の戦い! 制したのは、レスク・エヴァンテール!!」
私はローズの傷を癒し、〈浮遊〉を付与し、そのまま医務室に運んだ。
お姫様抱っこも考えたが、こちらの方が楽なのでそうした。
〈回復〉を二人分、そして〈浮遊〉を使い、〈防護膜〉を張り直す程度、大して魔力は消費しない。
私は素肌を曝していた顔と首に、少しばかり切り傷を負った程度だ。
ローズの傷を治し、ついでに治した。
風呂に入ってヒリヒリするのは嫌だからな。