第72話 先輩への敬意
「なるほど……。マジックアイテムか!」
なるほど、そういう結論か。
確かに、この世界の常識では学生が無傷で〈火球〉……それも、精霊剣の〈火球〉を耐えることは不可能なのだろう。
そんな不可解な出来事が起こった場合……何かしらの外的要因を思い浮かべるだろう。
――“そうでなくては困る”からな。
常識外の事をしでかす人間は、人間ではない。
だが、私はどう見ても人間だ。
つまりこいつは一応、私を人間と認定してくれているようだ。嬉しいことにな。
そこで、マジックアイテムの可能性に辿り着いたというわけか。
理屈は理解できる。……が、不正解。
「……その指輪がそうか?」
確かにこれはマジックアイテムだ。
効果は違う。
つまり、ハズレだ。
そもそも不正解だしな?
「残念、ハズレだ。これは……」
私は指の先から糸を垂らした。
「――騙されるか!! ――〈火槍〉!!」
ヨモイは〈火槍〉を三つ生成し、放った。
ついでだ。
私は十本の糸を操り、細長い盾を形作った。
糸でできた盾が〈火槍〉を受け止める。
魔力でできた糸のため、燃えることはない。
……勝ったのは、私の糸の盾だ。
まったくノーダメージ、というわけにはいかなかったがな。時間もなかったし、頑丈に作れなかった……というのもあるがな。
そもそも、糸と火だ。
「どうした、精霊剣もそんなものか? 大した事ないな」
「キッ! いいだろう……お望み通り、焼き殺してやるよぉッ!!」
殺すのはルール違反だ。
ヨモイは精霊剣を水平に構え、刀身に手を添えた。
「――精霊剣、解放!」
その瞬間、ヨモイの持つ精霊剣から凄まじい熱風が吹き荒れた。
解放、だなんて言ってはいるが、結局は〈精霊召喚〉だな。
私の〈防護膜〉を突破することはできないから、全然熱くないがな。
ヨモイの体が徐々に、炎の鎧に包まれる。
「この精霊剣は普通の精霊剣とは違う。本物の、炎の上位精霊が封印されているのさぁっ! そして僕はその精霊を呼び出し! 同調させることができるのさ……」
ふむ……。
中身を呼び出し……同調、ねぇ。
……完全に呼び出せていないようだ。力の一部を引き出し、自らに上乗せする程度か。
それが精霊剣の技能か?
精霊の顕現に制限を掛け、代わりにその力を自身に上乗せする。
「炎の上位精霊と同調した僕の前に、三年の生徒会メンバーと言えども無傷ではいられない! 覚悟しろ!!」
今度、どこか……あの洞窟で試してみるか。
アルティナと同調できるのかどうか。できたら、それこそ人外領域を飛び越えそうな気がするがな。
よし、時間ができたらすぐにでもやってみるとしよう!
今晩にでも!
私が物思いに耽っている間に、ヨモイと精霊の同調が終わったようだ。
しかし、あの身に纏う炎は精霊のものではない。
精霊も、ヨモイに取り込まれてはいるが、完璧に同調できていないようだ。やはり一部を引き出す程度か。
その結果が、あの不完全な炎の鎧か。
炎の鎧には波長がある。つまり、あれは魔法だ。
おそらく、余った精霊の力が魔法として出ているのだろう。
本人は、それを“完全なる同調の証”として見ているようだがな。
実際は、ただの半端だ。
まあ、本人の容量の問題もあるし、完全な同調は思った以上に難しいのかもしれない。
私も気を付けるとしよう。
「砕け散れ! ――〈精霊砲〉」
向けられた剣先から炎の塊が放たれる。
少しばかり、普通の炎と色合いが違う。鮮やかだ。
だが、所詮は魔法。
――ドゴン!
〈精霊砲〉が〈防護膜〉に当たり、弾け散る。
ふむ……。
音、破壊力共に悪くない。
煙も立たずに、炎も即座に消え去る。
「まだまだぁッ!」
二発、三発……と、〈精霊砲〉が放たれる。
一発だけでいいのだが……。
――パチンッ
指を鳴らし、〈精霊砲〉の反魔法を放つ。
所詮、波長は三つしかない中級魔法だ。
核となっている波長は、精霊の影響なのか、消すのが難しそうだったが、術者の練度が低いおかげで簡単に消すことができた。
不完全な同調でこれ、か……。完全に同調したとき、どうなるんだろうな……。
――パチンッ
「これで少しは頭が冷えたか?」
今度は炎の鎧を消してやった。頭だけでなく、体も冷えるかな。
あとは魔力が垂れ流しになるだけだ。
精霊やヨモイの意志次第ではすぐに元通りになるが……無意識下での発動のようだしな。不可能だろう。
「なんなんだ…………なんなんだ、お前は!!」
「――レスク・エヴァンテール。それ以上でもそれ以下でもない」
「人間…………なのか……?」
「れっきとした人間だ。ただ、お前たちとは生まれ持ったものが違うだけのな」
九十六の人生の記憶は……生まれ持ったものだ。
魔法を波長として見ることができるのもな。
今までの経験値を数割程度、継続しただけだ。
「……化け物……」
……完全に戦意喪失か。
これ以上の戦闘続行は不可能……いや、まだ諦めていないようだ。ヨモイの瞳の中の炎が、先ほどよりも熱く再燃する。
「……ならッ! 化け物を倒し、僕が英雄になる!」
「失礼な。私は断じて化け物ではない! それと、もう結構。……負けてくれ」
精霊剣に関する情報はかなり集まった。
しかし、使い手がこれでは、これ以上の能力の解明には迫れないだろう。
生徒会メンバーの誰かが精霊剣を持っていることを願おう。
「最後に、その信念に敬意を表し……楽に終わらせましょう」
この男は言動こそ評価しにくかったが、最後まで精霊に責任を転嫁せず、闘志も持ち続けた。
それも、彼我の実力差を認識した上で。
……賞賛に値する。
――“目上の人には敬語を使いましょう”
そして、敢えて技名を口にする。
炎の精霊剣すら凍り付かせる、その魔法の波長は――六つ。
これが今の状況でできる、彼に向ける最大の敬意だ。
「――〈精――」
ヨモイ先輩が魔法を発動するより、私の魔法が先輩に届く方が速い。
鈴を鳴らして〈精霊砲〉の反魔法を放ち、魔法を放つ。
「――〈凍結〉」