第70話 手加減レベル設定
――学園武闘祭
例年、学年別で戦ってきた。
強制参加で、優秀な結果は成績に反映される。
一種の定期テストに近いものだった。
このことに不満を抱く生徒は多かった。
しかし、それがこの学園の習わしで、伝統だった。
だったから、誰も何も言わなかった。伝統を重んじる貴族が何も言わないから、平民は言わない言えない。
しかし昨年、前学園長が死去し、ようやく現学園長チバース・ワイルガムスが行動に起こした。
そしてその改革は、直前まで生徒に知らされなかった。
学園武闘祭の前は、みんな必死の努力をする。
そこで大きく実力を伸ばす者もいる。
だから学園長は――全学年合同、参加不参加選択制に移行したことを知らせるわけにはいかない と判断した。
先日、国王夫妻はその改革の同意の証文のために学園に足を運んでいたのだ。
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この一週間で、シンシルスに王女、ファンクラブのメンバーの実力は飛躍的に上昇した。
やはり、王女は確かな素質がある。
特に、魔法適性は素晴らしい。目を見張るものがある。
これが天才か、としか言いようがないほどの天賦の才。
王女が男だったなら、この国が将来、周辺諸国の中で覇権を握っていただろうに……。
魔法に関してだが……私のように、独自で魔法を発見することはできないだろう。
私が魔法を見せさえすれば、上級魔法の習得も難しくないだろう。
今はまだ才能が開花しきっていないから難しいようだが……開花に必要な養分は、あとは実戦経験のみか。
シンシルスも、予想以上に素質は高いようだった。
今は魔法を難としているようだが、ちゃんと素質はある。
剣の扱いにも、その素質が見え隠れしている。だが、王女という天才肌の前だと凡夫。
一応は貴族か。
ファンたちだが……一括して言うなら、魔法適性が高い。
ただ、物理戦闘もある程度はできるだけの素質はあるようだ。体づくりからだな。
シンシルスはモテたいがために、筋トレはしていたようだし(綺麗な筋肉だった)。
他生徒と比べるとどうしても、成長スピードが段違いだ。自画自賛かな。
これなら、私が魔法を叩き込めば、波長四つ分の魔法ぐらいはファンたちでもいずれ……。
まあ、まだその時ではない。
手順を踏まないと、その強大な力に身を焼かれる者が現れるかもしれないからな。
そんな奴はまともな死に方をしない。
顔見知りがそんな死に方をするのは……もう御免だ。
王女とシンシルスには、まずは気を扱えるようになってもらわなければな。
ファンたちは魔法からだな。
気は一歩間違えたら自滅必死の諸刃の剣となり得るが、その分、扱えるようになったときのリターンは大きい。
そう、ただの低級魔法〈斬撃〉が、軸に気を加えるだけで〈一〉という高威力魔法に変化するように。
もちろん、第一の使い方は身体能力の向上なのだが。
気の習得方法は、気を自覚することが第一。身近に気を扱える者がいる場合は凄く簡単になる。感じればいいだけだから。
いない場合は、天性の才がすべてを左右する。だがこの場合、気を無意識下で扱う者も多くなる。
あの百人決闘にいたヤンキーがいい例だな。
何より大事なのは、「気を自覚すること」だ。
これができるかできないかが、すべてを大きく変える。
残念ながら、王女とシンシルスにはまだ気のことは教えていない。
……いや、教えられなかったと言うべきか。
気という概念がない以上、体に気を流し込んで教え込む必要がある。
しかし、それよりもまずは基礎能力の向上が先だった。
……と言うわけで、みんな仲良く基本訓練に励んだと言うわけだ。
別に、今回の学園武闘祭でいい結果を残さなければならないといわけではない。長い目で見るべきだ。
かく言う私だって、別に怠けていたわけではない。
気の扱いに関して言えば、まだ伸びしろがある。使い慣らさないと、気の精髄には辿り着けない。
とは言え、私の修行法は実に味気なく、単純なものだ。
気を体中に張り巡らせ、動き回るだけ。
〈空中歩行〉を発動し、空中で縦横無尽に駆けまわるだけだ。持久力トレーニングも兼ねた。
気の管を少しずつ長く……そして強く、厚く……。
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――しかし、どうしたものか。
本番を明日に控えた今、ようやく問題に直面した。
――どれぐらい手加減をするか。
正直、今まで私の敵のなり得たのは悪魔ディヴィアルと……候補だが、死神の右手のトップぐらいだろう。
まあ、こいつらは一般人ではない。干し草の山に生えた針のような存在だ。
しかも、ここは学園――学ぶ場、成長の場だ。
ここにいるのは、たとえ上級生でも未成熟。
もちろん、私もまだまだ発展途上だが……少なくとも、この世界の連中よりも発展しているはずだ。
私は齢一桁でAAランクという、アドベンチャラー内で最高位の地位を得た。
この世界の人類の発展レベルの低さがうかがえる。
生徒会庶務という立場もあり、ある程度の力の使用が求められているため、使える最大魔法を波長五つの〈超重力〉で抑えていた。
……〈分身体〉はノーカウント。
それはとりあえず、そのまま維持。
やはり、変えるべきは身体能力か。
学園内で気を使った身体能力向上は披露していない。それだけでいいだろう。
あとはハンデとして、〈防護膜〉は解除しておこう。
突破できるとは……いや、敢えて解除せずにいてもいいかもしれない。
一種の登竜門というか、ボーダーラインとして設置しておこう。一度限りでいいかな、とりあえず。
国王との約束もあることだしな。
ここらで私の強さを学園中に示すのも悪くない。
学園は王都内に位置する。
学園武闘祭の結果など、即座に王都中……そして国王の耳に届くだろう。
国王からの信頼は、大きければ大きいほど良い。
――よし、準備は万端だ!
魔法の制限は今まで通り、波長五つは〈超重力〉のみ。
あとは四つ以下の魔法のみ。
気は見せどころ……そうだな、決勝辺りで使うのがいいだろう。いや、生徒会メンバーとの試合で使ってもいい。
勝てるとわかっていても、こういうトーナメント試合は楽しみだ。
勝てるから楽しい……というよりも、対戦相手の実力が楽しみなだけだ。
才能の原石の発掘、研磨。
他より高い位置にいるからこそ楽しめる娯楽だ。
シンシルスはともかく、王女はかなりの逸材だ。
私の記憶の中でも有数の才能の蕾の持ち主だろう。その花は……きっと綺麗なんだろうな……。
見るのが楽しみだ。