第69話 ヘッドハンディング
「レスク・エヴァンテール。君については、粗方把握できた。未だ謎は多いがな」
その“謎”が明かされることはないと思うがな。
私の見た目と実年齢がおおよそ十歳差と、まったく合わないからな。
それに、出身地は山脈を挟んだ隣国――他国だ。
|ティシザス帝国第二皇子が捨てられたと知るのは極少数。
私を捨てた者は何か(十中八九、魔獣だろうけど)に襲われて死んだっぽいしな……。
あとは、私を捨てた張本人である第一皇子と、裏で糸を引いていた貴族ぐらいだろうな。
しかし、やつらも私が死んだと思っているはずだ。
……そもそも、赤子が山に捨てられて、死なないはずがない。
「さて、では本題だ」
ようやくか。
まあ、ある程度は予想がつく。
きっと、王女の、私のファンクラブ入会事件についてだろう。
素性を調べ上げたのも、ファンクラブの信憑さを裏付けるためなのだろう。
「君には、私たちの娘マイスの護衛を頼みたい」
……なんて?
「マイスから、ネックレスの話は聞いた。……感謝する」
国王と王妃は同時に頭を下げた。
一国のトップが頭を下げた。……なるほど、二人の器の大きさが目に見える。
ファンクラブ入会事件に関しては、お咎めなしか? まあ、ないに越したことはないのだがな。
「あのネックレスを少し見せてもらった。作った職人にも話を聞いた。魔法自体は君のものなのだろう?」
「ええ、そうですね」
たしか……〈転移〉に〈防護膜〉、二段階式の〈自動人形創造〉だったか。
着用者の任意でも発動するようにもしてある。
純粋に、あの魔法具屋の店主の腕が良かっただけの話とも取れるがな。
一応、パプリエル鉱石に二段階式〈自動人形創造〉を組み込み、ネックレス状に加工したのは私だ。
……だが、ネックレスの宝石部に〈転移〉と〈防護膜〉を組み込んだのは店主だ。
魔法は私のだが、補助したのは店主だ。
そして、それらを崩さずにネックレスに加工したのも店主。
「正直、国宝級の一品だ。……だからこそ、君に頼みたい」
ネックレスだけじゃ物足りないと?
「……マイスは生まれ持った才能のせいで、人と関わるのが苦手なのです」
ここでようやく王妃が口を開いた。
口元を取り出した扇で隠している。
この扇もマジックアイテムか。隠蔽されている辺り、何かしら特殊効果がありそうだ。
「――だがすでに、マイスは君に対して心を開きかけている。マイスにとって、君には特別な何かがあるのだろう……」
「距離を詰めてきたのはマイス王女からです。私は何も……」
……というより、むしろ関わらずにいたかった。
同じ生徒会同士、関わらないわけにはいかないんだが……できるだけ面倒事には関わりたくなかった。
……というのが本音だ。
関わって来たのは、どちらかと言えば王女の方だ。
「まあ、君がマイスと仲が良いのは事実だ。だからこそ、一人の友人として、マイスに何もないように……安全に過ごせるように、見守ってほしい」
国王と王妃は再び頭を下げた。
「最年少でAAランクに至ったレスク・エヴァンテール……君しか頼めない」
あ、そう言えば……なるほど、そういうことか。
「……私の噂があやふやだったのは…………まさか、陛下が情報操作を?」
「……ああ、その通りだ。最年少AAランクともなれば、抱え込みたいと思う貴族は多い。そして、私もすべての貴族を統率できているわけではない。恥ずかしい限りだがな」
封建制だからな、この国は。
逆に、すべての貴族を統率できていたら凄いと思う。そうなると政治体制が郡県制になりかねない。
「ライアルは少し離れた場所にあるが、王直轄領でな。情報統制はお手の物だ」
ふっ……。
なかなか良いことをしてくれるじゃないか。
無法地帯でよかったな、あそこが。でないと、近場の貴族の手にあった。
「高ランクアドベンチャラーは大抵、貴族に抱えられるものだ。これはいわゆる、ヘッドハンティングだな」
ガイオスがそうか。
貴族の側近になっているしな。
「だから、君を王家で囲いたい。もちろん今は、陰ながら、という形になる。しかし、口実さえあれば君を正式に貴族として認め、私たちの剣となってほしいと思っている」
なるほど、今は王家の懐刀としたいと……。
王家なんだし、AAランクアドベンチャラーの二人や三人、抱え込んでいてもおかしくないと思うのだが……。
多いに越したことはない、ということか? まあ、王家だしな。
「口実……ですか」
「そうだ。君はすでに“エヴァンテール”の姓を得ている。私が情報規制をしているおかげで功績は出回っていないが……君が学園に入学した時点で、すでに解除済みだ」
「功績はアドベンチャラーとして、ですか? それとも、一生徒……一般人として?」
「どちらでも構わない。レスク・エヴァンテールという人間が功績を立てることが重要だからな。ハウスにも、その名で登録しているだろう?」
「はい」
「……できるか?」
「はい、もちろん。……容易く」
私は深々と頭を下げた。
功績を立てるのは容易いだろう。この国には犯罪者がいる。治安維持でもやっていれば、それは功績だろう。
「では、私が十分な功績を立てたらそのときは……」
「うむ。任せておけ」
王室と深く関わりたくないと思っていたのに、めちゃくちゃ深く関わってしまった……。
しかし、悪い気はしていない。
まあ、私を捨てたのも一国の王だったからな。
「もちろん、この話は君の親代わり……ワーグナー伯の同意の上だ」
そうだろうな。
「そして、これからもマイスのことをよろしく頼むよ」
「あの子はとても強い子です。だからこそ、強大な力に振り回されず、普通の子供として過ごせるよう、導いてあげてください……」
「……命に代え、マイス王女殿下の命を護り、AAランクに到達した一人の者とし、力の本当の使い方を師事させて頂きます」
「うむ、期待している。……話は以上だ。時間を取らせてすまなかった。行ってよい」
「は! 失礼いたします」
私は部屋を退室し、即座に〈転移〉でグラウンドに戻った。
まだ胃は痛くないが……将来が思いやられる。
政治問題のど真ん中に放り込まれるんだろうなぁ……。
仕方ない。皇位継承争いよりマシだと思おう。