第68話 謁見
――学園武闘祭が近づいてきた。
学園武闘祭は学年ごとに行われる。
経験値一年分の差は大きいからな。フェアなルールだ。
そこで私は、ファンたちの修行に付き添っていた。
ファンたちが、本番で私にいい所を見せたいから、と指示を仰いできたのだ。
修行に励むファンたちを遠目で見ている私の隣に〈転移〉の波長……。
「レスク・エヴァンテールよ……」
「……学園長」
ファンたちはこちらに気づいていない。
急に現れた学園長に、偶然近くにいた何人かの生徒は驚いた顔をしていたが、それも一瞬だった。
学園長は普段から現れたり消えたりをしているから、生徒たちも慣れているんだ。
「ファンクラブの方は順調かね?」
「見ての通りです。なかなか鍛えがいがあります」
「少し、君と話がしたいという人が来ておる。……今、時間いいかな?」
「ええ、構いません」
学園長の行き先に合わせ、〈転移〉を発動させる。同時発動による同調か。
こういう使い方もあるのか。まあ〈全体転移〉の下位互換か。
ファンたちの中には王女もいるし、今日は特別にレイがいる。
私がいなくなっても問題あるまい。
しかし、私に話……?
しかも、この時期に。何か面倒事か?
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学園長室の前に転移した私たちだったが、学園長はこれからは一人で行くように、とだけ言い残して再びどこかへ転移していった。
説明不足だなあ。
――コンコンコン
私は扉をノックした。
「――どうぞ」
「失礼します」
渋みのある男の声……。
学園長の魔法が掛かっているのか、魔法的にも物理的にも、中を窺い見ることはできない。
だが、気配だけは感じ取れる。
人が二人…………悪い予感がする。
「よく来てくれた、レスク・エヴァンテールよ……」
学園長室。
奥の壁はガラス張りで、その前に執務机がある。
その手前に二つのソファが向かい合わせに並べられ、間に机が置かれている。
右側のソファには、二人の男女が座っていた。
二人とも豪華な服に身を包んでいる。
そして、男の方は……頭に王冠が…………おう……冠……が……。
「――御前、失礼します。国王陛下、王妃様」
私は瞬時に思考を投げ飛ばし、片膝を着いた。
「まあ、座れ。遠慮はいらん」
「……失礼します」
国王に促され、私は国王と王妃の対面に座った。
もちろん、扉側に詰めて座った。気持ち、下座だ。
「すでにわかっているだろうが、一応名乗っておこう。私の名は、リスガイ第十六代国王、フレイガルス・リスガイ」
国王フレイガルス・リスガイ……。
年は見た感じ、五十前後といったところか。白髪交じりの黒髪。ほうれい線も濃い。
しかし、体は鍛えられており、中年特有の下っ腹は出ていない。
見た目ほど年を取っていないのかもしれないな。政治は気苦労も多いだろうし。
そして、その眼。
青灰色のその瞳は、今にも獲物を仕留めようとする猛禽類そのもののようだ。
その眼が、私を緊張させる。
「王妃、ミッドレイズ・リスガイです」
王妃ミッドレイズ・リスガイ。
プラチナブロンドの髪に薄青色の瞳。
だが、その眼は国王と違い、柔らかい。
国王と王妃の纏う服は、どれも一級のマジックアイテムだ。
特に、国王の着けている王冠は超一級品だろう。私の眼を持ってしても詳しく見ることができない。
まあ、本気を出せば解析できそうだが……そうすると不審がられる。
「レスク・エヴァンテール。君のことは少々、調べさせてもらった」
国王は机の上に置かれていたファイルをトントン、と指で叩いた。
中に挟まっている紙は、見た感じ一枚だ。
……当たり前だ。
私はまだ生後六年弱だ。来週、六歳の誕生日を迎える。
「どれだけ調べさせても、君がエヴィデンス伯爵に保護される以前のことはまるでわからなかった。それ以前、君はどこで何をしていた?」
「物心ついた頃より、かの大山脈で過ごしていました」
……という設定だ。
とても「ティシザス帝国第二皇子と生まれ、二週間で捨てられ、魔法で急成長した五歳児です」だなんて、口が裂けても言えない。
そう言えば、帝国では私のことはどうなっているんだろうな?
存在しなかった者となっているのだろうが……。二週間という期間は、短いようで長い。
私が生まれた際に、世間に第二皇子誕生のニュースが流れたのかどうかが問題だ。
二週間もあれば流れていてもおかしくないが……。
母子共に病死、辺りが妥当か?
皇帝がどのような措置を取ったのかも、今の私には知る術がない。
内乱などの情報は……いや、帝国に関する情報は何も聞かない。
間に大山脈があるからな。物的交流は一応あるらしいが。ワーグナーが乗っていたのは、東西を駆ける隊商だったしな。
つまり、帝国は普通に存在している。
第二皇子を亡き者としてかどうかは、定かではないがな。
「ふむ……。ワーグナーに聞いた情報と同じ、か。君は巨王の配下と共にいたな?」
「はい」
「そこで魔法を学んだのか?」
「はい、巨王から学びました」
そうだな、〈回復〉や〈隠密〉なんかは巨王から習った。
その他諸々の初級魔法もな。
「つまり君は、巨王に育てられた……と見ていいのか?」
……これに関しては、少々思わせてもいいだろう。
だが、適任は巨王ではない。
「いえ、物心つく前は東側……銀狼の群れにいたそうです」
「東…………帝国か」
国王は顎に手を当て、考え込んだ。
「……まあ良い。今の君はエヴィデンスの分家、エヴァンテールの者……すなわち、王国の人間だ」
話がわかるようで何より何より。
一国の主としては、ひとまずは及第点の評価だな。
「……故郷に……帝国に帰りたいという思いはあるか?」
「ありません。私の家はこの国で、親はワーグナー殿と巨王と銀狼です」
私は、そう断言した。
父王は何もしていないが、助けを寄越すことはなかった。本当に、何もしなかった。
恨みこそないが、愛着もない。
しかし、私の故郷を帝国だと断言された。これを覆すのは無理がありそうだ。
……ま、まだ推測の段階だからセーフかな。
「……そうか。……そうだな……未だ謎は多いが、これ以上は言及しようがない。……では本題に入ろうか」
本題……まさか、王女ファンクラブ入会事件についてか?
こればっかりは親子で解決してもらわないと……。
王妃はさっきから隣で話を聞いているだけのようだが……いなくても良かったのでは?