第65話 ショートカット
「これが……“階段”?」
「…………そうだ」
「降りる方法はあるの?」
「もちろんだ。魔法を掛けるぞ」
ローズの非難を軽く受け流し、王女の当然の質問に肯定で答える。
私は早速、自分に〈空中歩行〉を掛け、二人に〈浮遊〉の魔法を掛け、私の周りに浮かべる。
「なんかこれって……」
「…………荷物みたい」
「よーーし、行くぞ」
二人の文句を無視し、私は穴に飛び込んだ。
「ちょっ……――」
「待っ――」
▼
まさか、私が飛び込むとは思わなかったのだろう。
二人は落ちている間、ずっと悲鳴を上げていた。
穴は予想よりも深かったし、落下時間も長かった。
さすがにうるさかったので、〈沈黙〉で音を遮断した。
あれを聞き続けていたら……鼓膜が破れて耳小骨が砕けてうずまき管に罅が入って……コルチ器が砕け散っていただろうな。
そうなったらなったで〈回復〉で治していたが。
「ひどい目にあった……」
王女が傍らで、両手を地面に着いて青ざめた顔をしている。
「少し休むか?」
「いや、必要ない」
先ほどの青ざめた顔はなんだったのか。
王女はすっくと立ち上がった。顔の色は元通りだ。
「レスク、ここは何階なの?」
ローズが尋ねてくるが……私にもわからん。
「わからん。進んでみるしかないだろう」
「そうね。とりあえず一本道だし」
王女の言う通り、しばらく一本道だし、罠や他の隠し通路も見当たらない。
▼
穴の底が何階だったのか、わかった。
通路の先にあった壁を破壊し、その先には、また別の通路があった。
その通路に出てすぐ右を見ると、そこには大きな部屋があった。その部屋の前には『ゴール』と書かれた看板が立てられていた。
「――レスク様!?」
声がした方を振り返る。やはりファンクラブだった。
人の気配とファンクラブ(非公式)の数が同じだったため、もしや、と思ったが……やはりそうだったか。
何人か怪我をしているが、脱落者はゼロ。
罠はあったのだろうか。もしかして、意外と時間がなくて、仕掛ける暇がなかったのかもな。
「ふむ……。合格だ……と言いたいが、ゴールせねばな。ここはまだゴールではない」
「「――はい!!」」
「……手慣れてるね、レスク」
耳元で王女が感心したような声を出す。
王女はファンクラブは(今のところ)ないが、王女を慕う男は多い。
王女が物静かな性格であることも災いし、告白という行動に移す生徒も多い。
「素直なやつらで助かってるよ。お前も入るか? なんてな」
冗談交じりで……九割九分、冗談だった。
「考えておく」
しかし、その言葉を発する王女の顔は……真剣そのものだった。
最後の部分を聞いていなかったのか?
王女が私のファンになったとなれば……極刑かな。
一応、生まれは隣国ティシザス帝国第二皇子だが……今はエヴァンテールというはみ出し貴族だ。
いや、はみ出し貴族と言うより、貴族(仮)のがいいかもしれないな。
なんとしても、王女が血迷って私のファンクラブに入ることだけは阻止せねば!
そのためには……一刻も早くファンクラブを公式にせねばな。
「ここが最下層?」
「そうらしいな。しかし、中に強力な気配……ゴーレムか?」
中から濃密な気配……人ではない。
そしてこれは試験だ。……教授たちの用意したボスゴーレムだろう。
こいつらでは一筋縄ではいかない。
「入ろう」
「うん」
「お前たちも来い」
「「――はい!!」」
私たちは部屋に入った。
かなり広いな。戦闘スペースとしては十分。
ところで……
「……シンシルス……何しれっとファンクラブと一緒にいるんだ?」
「…………レスク様のご友人を放っておけなかったので……」
ああ、なるほど。
こいつ、ぼっちだったんだな。
友達は…………いないことはなかったはずだ。
「仲間は罠に嵌って、僕以外全滅したよ……」
そういうことか。
シンシルスが罠に掛からなかったのは偶然か。
そして一人で彷徨う中ファンクラブチームに遭遇し、迎え入れられた、と。
私がシンシルスと一緒にいるところは、多くの人が見ている。当然、ファンクラブが見ていないはずがない。
罠か……。
学園側の罠か、襲撃者たちの罠か。どっちだろうか。
▼
ディヴィアルと戦った部屋よりは狭いが……この人数で戦うには十分な広さだ。
人数が多いからどうなることかと思ったが……全然、余裕だな。
部屋の真ん中には、全長五メートルはあろうかという人型の銅像が鎮座していた。
表面には何の汚れもない……やはり、教授のお手製か。
核は……ライアル鉱石ではないな。当たり前か。
まあ所詮、学園の一年生が相手にする程度の相手だ。そんな強いはずがない。
……私が出る幕ではない。
途端、ゴーレムが動き出した。
その眼に赤い光が宿り、身に纏う魔力も濃くなった。一マイクロメートルと二マイクロメートルの違いでしかないがな。
私がいなくとも、こいつらだけで戦えるだろう。
「よし、やってやれ!」
「「――はい!!」」
そろそろ、表も頃合いか。
▼
クサラス洞窟入り口に、多数の不穏な影が集まっていた。
「今頃、やつは最下層にいるはずだ。……行くぞ」
「頭……今から行って追いつきますかね?」
「安心しろ、この洞窟には誰も知られていないショートカットが存在する。そこを通れば……地上一階から最下層まで一発だ!」
「頭……本当に罠を張らなくてよかったんですかい?」
「普通なら仕掛けるところだろうが、敢えて仕掛けないことによって、やつらの集中は勝手に集中力を消費してくれるだろうよ。クックック……」
不穏な影たちは洞窟へ突入しようと一歩を――
「「――待て」」
「な!? ――お前は!!」
そんな影たちの前に、突如、二つの影が降り立った。