第60話 恋か、正しさか
「こいつの処遇は……シンシルス、お前に任せる」
「いいの、レスク?」
「正直、逃げようとしている時点で、事の重大さと自身の過ちに気づいていると見ていいだろう」
「――レスクくんっ!」
途端、メンヘラ女が短剣を取り出し、私に突き立ててきた。
やれやれ、先ほどの戦いを見ていなかったのだろうか?
やはり……というべきか当然と言うべきか。短剣は〈防護膜〉に阻まれた。
……表面がぬるっとしている。毒か。
私が〈防護膜〉を解除した瞬間、〈防護膜〉の表面に付着した毒が私に付着する……と。
……しかし、残念だったなメンヘラ毒女。
私は指を鳴らし、〈状態異常回復〉を発動させた。
この魔法には解毒効果がある。私が状態異常状態でなくても問題ない。
「懲りないようだなっ!」
私はブレスレットから指輪を取り出し、右人差し指に嵌めた。
「けっこ――」
遺跡で発見した、糸を出す指輪だ。
粘着質にも硬質にも……万能の糸だ。
私は十本の指すべてから糸を出し、メンヘラ毒女をぐるぐる巻きに拘束した。
口も塞いだ。
「レスクっ」
シンシルスが私を咎めるが、知ったことではない。
もう救いようがない。
「――レスクくんっ! …………この状況は……そう見ていいのね?」
この状況を見て驚いたアリス会長だが、すぐに状況判断し、真面目な顔になった。
会長の言う“そう”とは……メンヘラ毒女がこの男たちを内側から手引きし、それを私が現行犯で取り押さえた……のことだろう。
「はい」
「こちらは?」
風紀委員長がシンシルスを見た。
「偶然居合わせた、私の友人です」
「そうか。では……この者たちは連行するとしよう」
風紀委員長と風紀員二人はブレスレットから縄を取り出し、男たちを縛り上げた。
メンヘラ毒女を縛っていた糸は、すでに私から切り離してある。抵抗する気力を失っていたから、口は自由にしておいた。
指輪は収納済みだ。
男たちを縛り上げ、あとは聖騎士を呼ぶだけとなった。
聖騎士には、こいつらについて洗いざらい吐かさせないとな。必ず、裏に大きい組織が隠れているに違いないからな。
そこでようやく、シンシルスが口を開いた。
「あの……どうか、彼女だけは見逃してもらえない……でしょうか?」
「なぜ?」
険しい顔をした風紀委員長が尋ねる。
当たり前の反応だ。
「――わたしに……構わないで」
メンヘラ毒女が口を開くが……かなり落ち込んでいる様子だ。もう、連行してもらおうか。
「僕は君が好きだ。だから……その……」
メンヘラ毒女が目を真ん丸にしてシンシルスを見ている。
そりゃ驚くか。
「…………あ~~、はいはい。そういうことね」
生徒会長が私の横で、何か納得したような顔をしている。
「レスクくんも隅に置けないわね。どこまで計算していたのかしら?」
「さあ、なんのことでしょう?」
「なら、これも想定内かしら?」
そう言われ、風紀委員長……に担がれたメンヘラ毒女とシンシルスを眺める。
風紀員の二人は、奥で眠っている侵入者たちを見張っている。
「――安心するがよい、シンシルス・メニタよ……」
そのとき、上空から声が聞こえた。
学園長だ。〈転移〉の波長が見えたからもしや、と思ったが……。
しかし、さすがに学園長の登場は想定外だったが…………今のところ、計画通り。
そこに学園長が現れようと問題はない。……むしろ、計画が計画通りに進む確定演出だ。
「その少女は暫く、吾輩の監視下に置く。聖騎士に引き渡すかどうかは、そのときの態度次第じゃがな」
「……っ」
「あ、ありがとうございますっ!!」
真っ先にお礼を述べたのはシンシルスだった。
シンシルスが計画――彼女を罪に問わせず、私への恋慕を失くさせ、シンシルスをヒーロー化させる――を覚えていてくれてよかった。
いざ実行するとなると、計画を忘れてしまうことが多いものだ。
シンシルスがその例に漏れていてくれてよかった。
「よいよい。さあ、その侵入者たちは吾輩が連れて行こう」
そう言うと、侵入者たちは縛られたまま、学園長のもとに浮かんで行った。
「学園長、そいつらは……」
「うむ、わかっておる。聖騎士に引き渡し、洗いざらい吐かさせよう。それでは、生徒会よ。大儀であった。君は後で迎えに行こう。――〈転移〉」
途端、学園長たちが姿を消した。
メンヘラ毒女はまだ残っている。
「レスクくん、私たちは……」
「ええ、そうですね」
私たちはシンシルスとメンヘラ毒女を置いて、その場を後にした。
こちらをチラリと見たシンシルスに、親指を立てた。
学園長が来るまでという制限時間付きだが、一時的な二人の時間だ。
あとは……シンシルス次第だ。
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その日の夜、私の部屋には客人が来ていた。
「うう……うっ……う……」
「シンシルス…………はぁ」
泣いている男はシンシルス・メニタ……今日、勇気を振り絞って長年(?)想い続けた相手に告白した勇者だ。
そして、惨敗した敗北者だ。
「…………はあ。なんて言って断られたんだ?」
「付き合えない……ってさ」
シンシルスは顔を机に伏せたまま、ありのままを話してくれた。
普通、こういうことは隠したがると思うのだが……。
「これで四連敗目だ…………なんで……」
四連敗?
「どこで四度も恋をしたんだ?」
「街の年上アドベンチャラーだったり…………街の花屋の同い年の少女だったり…………隣領の令嬢…………」
「で、結果は?」
「惨敗」
「距離は詰めた上で?」
「……そう」
あらら……。
シンシルスの見た目は普通……むしろ、整っている部類だ。
問題があるなら……中身だろうか? 男というより、弟ポジションだからな。
どうしてもベクトルが友達の方向にいってしまうのだろう。
まあ、距離を詰めたかどうかの判断はこいつの主観だし、本当に詰めれていたのかは謎だが……。
私が言えることはこれしかない。
「まあ……頑張れ。いつかはいい人が見つかるさ」
「…………ありがとう」
やれやれ。
学校生活も楽じゃない。