第58話 恋のCupid
分身体がシンシルスから恋愛相談を受けたその翌日。
本体は分身体と入れ替わった。
やはり、こういう面白い経験は自分自身でしたいからな。
そう、いつ何が起こるかわからなかったから、早めに入れ替わっておいた。
一週間もしないうちに、彼女は私を束縛しようと行動を起こすだろうと考えていた。
その行動も、精々が惚れさせ薬を飲ませに――飲まないのはもちろん――画策するだろうと考えていた。
しかし、結果は……まったくの想定外だった。
シンシルスの恋愛相談の翌朝。
いつもと違い、呼び出しの手紙が置かれていた。
――――
愛するレスク♡エヴァンテール♡様♡
♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡ ♡
授業が始まる前に、寮の裏に来てください♡
待ってます♡
――――
やたらめったら、ハートが多い手紙だ。書くの大変だったろうに。
差出人の名前もないし……名前がわからないではないか。
私はこっそりと寮の陰から、私を待つ彼女を覗き見る。
遂に来たか……シンシルスとの約束を果たす時が。
想定より早かっ…………まさか……ここまで堕ちたか!!
生体反応が――隠れているつもりだろうが――大量だ。
……まずいな。
シンシルスに〈隠密〉を付与して隠匿した上で、〈転移〉でこちらに呼ぶ。
ここが今回の計画の舞台だったのだが……生徒会を呼ぶしかあるまい。
こうなれば、私が秘密裏に片付けていいものじゃない。
……れっきとした事件だ。
呼ぶなら、風紀委員長ティーン・マガルコフ、風紀員セバス・アルゴリエ、風紀員クォーツ・セクリエイト。
加えて、生徒会長アリス・ウーゼンティシスにも連絡を入れておこう。
しかし、まずはシンシルスに一報を入れるべきか。
私は壁を軽く指で叩き、〈念話〉を発動させる。
『ん、レスク? どうかした?』
『ああ、非常にまずい事態だ。最悪の事態は回避するように立ち回るが……誤魔化しきれんかもしれん』
私は〈千里眼〉で、より詳しい状況を確認していた。
そして、更に最悪の事実が裏付けされるものを見つけた。
……隠れている者たちは、どう見ても学生ではない。
幾度か、王都の路地裏で見た顔が多い。……社会に反発するごろつきたち。
まず、学園内に不法侵入している時点で無罪は免れない。
そして、彼らを手引きした彼女も……。
正直、シンシルスにはこの恋路を諦めてもらいたい。
だが……他人の恋路をどうこう言う権利は……誰にもない。
今回は特例かもしれないが……人の無限の可能性を知っている私からすれば、特例の範囲外だ。今のところはな。
私は彼女と、シンシルスを信じている。
……いや、信じさせてくれよ……?
『……結果を見たいか? その結果が、たとえどうであっても……』
『…………』
暫し熟考し、答えを出したようだ。判断が早くてよかった。
『……見る。これは、僕の恋だ』
『……わかった。今からお前に魔法を掛ける。受け入れろ』
『わかった』
私はシンシルスの位置を捕捉し、〈隠密〉を掛け、〈転移〉で隣に呼ぶ。
術者である私の前には、シンシルスがはっきりと映っている。
『よし、ではそこで見ていろ。私が〈隠密〉の魔法を解除した瞬間、武器を持って出てきてくれ』
『え、なんで…………いや、わかった』
物分かりが良くて助かる。
『それでは行ってくる』
私はシンシルスとの〈念話〉と〈隠密〉を解除し、彼女の元へ向かった。
寮の陰から出てきた私を見つけた彼女は、虚ろな目をしていた。
やばいな、こいつ。
「あ、レスクくん♡ 来てくれたんだ~~……手紙、見てくれたんだぁ♡」
相変わらずのきもちわるい声だ。
耳が腐りそうだ。
「わたしって何度もレスクくんに想いを伝えてきたじゃない? それでね♡ どうすれば君をわたしのものにできるのか……考えたの♡」
「それで、どうするつもりだ? 悪いとは思うが、私は名も知らない君とは付き合わない、付き合えない」
「……あれ、名前……」
「名乗られてない」
「……――調べてくれなかったの?」
……これは……シンシルス、すまない。こいつは諦めろ。
完全に目がイッてしまっている。手遅れだ。
「まあいいや。…………それでね、わたし……考えたの。それでね……君に首輪をすれば、わたしのものになるって気づいたの♡」
言っていることは犯罪者のそれだ。正気ではないな。
「いくらレスクくんが強くてもぉ、この人たち相手じゃあ……相手にならないよね?」
森の陰から、ゴロツキたちが出てきた。
数は三十二。先ほど見た通りだ。
ふむ……僅かばかり、戦闘経験があるようだ。武器も持っている。
手入れは不十分だがな。
「それじゃあ、頑張ってね、お兄さんたち?」
「「おう! 任せろ!!」」
「ごめんねぇ、レスクくん? でもぉ…………わたしを受け入れてくれなかったレスクくんが悪いんだよぉ?」
男たちが前に出て、武器を構えた。
魔法主体が四人か。少ないな。
しかし、事態が事態だ。
生徒会――生徒会長と風紀委員長、風紀員の二人に連絡を入れておこう。
〈念話〉を入れ、繋がった瞬間に切れば気づいてくれるだろう。
援軍を期待しているわけではない。
ただ、事態の収拾を手伝ってもらう必要があるだけだ。
せっかくだ。
余興に付き合ってやるとしよう。
……そうだな。
生徒会が来る前にシンシルスは表に出しておきたい。
だが、シンシルスの恋を叶えるためには、シンシルスをこちら側として戦わせるわけにはいかない。
それに、一人一人がシンシルスより強い。
戦闘に入られる方が問題だ。
……やはり、シンプルにこれで行こうか。