第57話 恋愛相談
例の決闘以来、他のみんなからの私に対する視線が変わった。
ちなみに分身体です。
今まで、“貴族モドキ”と貴族からは見下され、平民から面倒くさがられていた。
九十六の人生を過ごした私からすれば、身分などくそくらえだ。
まあ、身分制度がある方が国が回りやすいのだから、仕方ないことだと思っている。
今、私が浴びる視線は……――尊敬と恐怖と嫉妬だ。
百人を相手に、一歩も動かずに、無傷で勝利した。
生徒たちからすれば、人外の化け物の所業のように見えるのだろう。
人知の及ばぬ化け物に遭遇したとき、弱者が取る行動は…………崇めるか、諦めるか、狂うか。このいずれかとなる。
残念ながら、私は普通の人だ。断じてバケモノではない。
それ故、そこに嫉妬の視線が混ざる。
結局その嫉妬も、世の不条理さへの恨みを私に向けているだけにすぎない。持ってしまった、持たざる者への嫉妬だ。
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決闘から一週間後、次の授業の教室へ移動しようとしていた私の元に、激しい怒りと焦燥を持つ者がやってきた。
「――お前がレスク・エヴァンテールか!」
「そうだが……なんのようだ?」
正直、心当たりが多すぎて、この者がなぜ私の元に来たのかわからない。
「昨日、一人の女生徒から告白されただろ!?」
「ああ、された。丁重にお断りしたな」
なるほど、読めたぞ。
「ああ、そいつのことが好きだったのか。チャンスはまだあるから、頑張れよ……? それじゃ」
「ああ……ありがと――じゃなくて!!」
何の用だ、本当に。
頑張れ、と適当に言ったのがバレたか? 確かに、一日一回、好きだと言われているが……。
毎日断っているのに諦めずに告白してくるあいつは異常だ。
恋は盲目とはこのことか、と身をもって体験した。
「悪いがこれから授業があるんだ。お前に構っている暇は……」
「僕も同じ授業を受けているんだけど。……それに、君の隣で」
おや、そうだったか?
いちいち隣の席なんてみないからな。
「……はぁ。…………それで、お前は私に何をしてほしい? 悪いが、私は付き合うつもりはないからな?」
「協力だ。彼女が君を諦めるように。君にはメリットなはず」
「ふむ……。いいだろう」
正直、鬱陶しい……という以前に、日に日に彼女の目が怪しく染まって来ていて、どうしたものか考えていた。
病まれても、私は変わらないのだが……どんな行動に移されるか不確かだからな。不安の芽は摘んでおいて損はないだろう。
こいつに上から目線で「協力」なんて言われるのは腹が立つが。
「それで、名は?」
「最初の授業で自己紹介したんだけど……シンシルス・メニタ」
シンシルス……か。確かにそんな奴がいたな。
男爵家の長男――嫡男だったな。
記憶の片隅に引っかかってた。
メニタ家は男爵家としては少々有名だった。
ライアルの隣の都市――北端の領の領主。ローズ・アンゼリオの出身村の領主だ。
「そうか」
話は終わったので、私は教室へと急ぐ。
「おおい、ちょちょっ! 置いてかないでくれっ。おわっ」
シンシルスは慌てた様子で私の後を追いかけようとし、荷物を落とした。
……真面目なやつだ。
落とした荷物はどれも、他の授業の参考書だ。
私のように――嫌がらせ防止のため――ブレスレットにすべての荷物を入れておけば……持っていないのか?
男爵家の嫡男なら持っていてもおかしくないのだが……。よく考えれば、最北端の領地……先祖辺りが左遷された結果か?
「次元ブレスレットはどうした? 持っていないのか?」
「すぐに見れるように出してるだけ。ちゃんと、全部中に入ってるよ」
「……へぇ」
真面目か!
まあ、私からすればどの授業も既知の範囲内。
余裕。私が何度復習したと思ってる? 最低でも五回はしている。今までの合計でな。
今世では……教科書は授業があるときに開くだけだ。本体がサボっている分、ちゃんと授業を聞くためにな。
それに私の記憶は最終的には脳ではなく、魂に保存されるようだ。
容量はほぼ無限と見ていい。と言うより、私には百――実質九十九――の人生を歩ませる呪いが掛けられているのだ。
これほど強力な呪いだ。百の人生を全うするまで、魂に限界が来るとは思えない。
「ほら、行くぞ」
私たちは次の教室へ向かった。
次の授業は座学だ。……ああ、だから隣の人間にすら興味がなかったのか。
…………ん?
席は自由じゃなかったか?
記憶を掘り返してみる。
…………確かに、決まって隣のどちらかにいたな、こいつ。
なんでだ?
最初の授業からずっといた。
あれか?
特定の席でないと受け付けない的なやつか?
私の隣など、厄介の種でしかないと思うのだが。
昼休憩。
私とシンシルスは、人気のない場所で密談していた。
「何か策でもあるのか、レスク?」
「それは私のセリフだ。…………まあ、様子を見るしかあるまい」
正直、今更何か策を講じても手遅れな気がする。
彼女(名は知らない)はもう……堕ちるところまで堕ちている。一度、限界まで堕としてから爆発させた方がいいだろう。
なぜあそこまで堕ちたのかは……知らん。彼女の特性だろう、きっと。
だが、唯一可能性があるとすれば……乙女心を揺さぶる方法で。
――よくあるヒーローものと同じ方法で、恋のベクトルを私からシンシルスに移行させるとしよう。
「シナリオは……私がその場でこっそり指示を出す。それに従って動いてくれればいい」
「わかった! 任せろ!!」
見たところ、こいつは少々ナルシストな気質がある。
こういうのは案外得意なはずだ。
それに、好きな女にかっこよく見せたいのは男の性というものだ。
私自身――今は達観してしまっているが――恋などいくつも経験してきた。
生涯の伴侶を選んだこともある。
恋愛感情だって、ないわけではない。
このときの私は非常に楽観的だった。
どうせ私は分身体。そう思っていた。
――だが、彼女がここまで早く行動を……それも想像以上の行動を起こしてくるとは。
――完全に想定外の出来事だった。