第54話 出る杭は抜かれるが、出過ぎると抜かれる
いくら分身体が、私と同じ思考で同じ行動を取るとは言え、私からすれば他人だ。
さて、本題に戻ろう。
私の分身体を取り囲んでいる場所は、学園にある廊下のど真ん中。レイの授業が終わった直後のことだ。
囲んでいる連中は……そこそこ強い。
…………というか、この年齢にしてはかなり強い部類だろう。
性格が悪い……と言うより、学校という環境にありがちないじめっ子っぽい輩は数人ほどマークしている。
そのブラックリストに、彼らは入っていない。
普段の彼らの様子は微塵も知らないし、興味もない。
……興味がないのは、ほとんどの生徒に対して言えることか。
しかし……ふむ……。そこそこ注目を浴びているな。当たり前か。
彼らからは、戦闘意欲がビシビシと感じられる。
おそらく、決闘に持ち込む気だろう。望むところだ。
一触即発の空気にレイが呼ばれたようで、近くまで来ている。
……いつ変わろうか。
私は裏路地に入って〈変装〉を解除する。
決闘の話に持ち込まれ、闘技場に行く途中で、隙を見て入れ替わればいいだろう。
一瞬だ。
一瞬あれば、私は入れ替われる。
一瞬、みんなの視線から外れられれば……〈分身体〉を解除し、〈転移〉で入れ替われる。
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私はレスク・エヴァンテールの分身体だ。
名前はまだな……レスク・エヴァンテールだ。
ややこしい。言うなれば、レスク・エヴァンテール2か。
本体がサボり、私が授業を受け、単位を取る。そのために生み出されたのが私だ。
私の存在意義はサボりである。途端にダサく聞こえるが、事実だ。仕方ない。
心を機械的にすれば、何も苦痛ではない。
所詮、私は魔法で生み出された存在だ。
それで、敬愛なる本体様がおサボり遊ばされている現在。
それは、元聖騎士レイの授業を受け、教室を出てすぐのことだった。
「おい、はみ出し者」
私のことをそう呼ぶ者は、決まって高位貴族――ワーグナーより上位――の家の連中だ。
非公式上に与えられたエヴァンテールの姓。
故に、平民からすれば貴族だし、貴族からすれば平民。
この、貴族だが貴族でない状況が、高位貴族の連中に私を“はみ出し者”と呼ばせる。
だから貴族は分家の姓をそうそう与えない。
対象者に実績が……貴族として相応しいと言われる実績がないと、本家の価値まで下がるからだ。
しかし、私は敢えて呼びかけを無視する。
どうせ決闘に持ち込まれるのだ。怒らせれば話が早い。
「おい! 無視してんじゃねえよッ!」
無視。
「おい! レスク・エヴァンテール!!」
「なんだ?」
いつの間にか、私は囲われていた。
別の授業を受けていたお仲間が空気を察し、私を取り囲んだのだろう。
空気を察して私を囲む限り、打ち合わせをして……いや、共に陰口を叩いていたのだろう。
仲がいいことで。
高位貴族連中からすれば、はみ出し者であり、加えて成績が優秀な私は“出た杭”なのだろう。
出た杭は、意識の外から傷を付けてくる。
だからこそ、打ち直す。
要するに、私が目障りなのだろう。
目障りでないわけがない。
いつ、自分が傷つけられるかわからないからな。
「『なんだ?』じゃねぇよ」
「知ってて無視してただろ」
高位貴族とは思えない乱暴な口の利き方だ。
家を継ぐ者――大抵の場合長男だが――は家を継ぐため、厳しい教育を受けることとなる。
おそらく、(言っては悪いが)次男やそれ以下の連中だろう。
そうでなければ――嫡男なのなら、その家に将来はないな。
「――君たち、その辺にしておきなさい」
「――お前ら、その辺にしとけ!」
人混みが割れ、二人の対照的な男が現れた。
しかし、仲は良さそうだ。
「君がレスク・エヴァンテールか。確かに……強いようですね」
「んでも、俺らよか弱えな」
二人とも、私のことを下に見ているようだ。
まあ、私は自分の波長を弄って、弱く見せているからな。アドベンチャラーランクでいうD……その中でも下位の辺りだ。
ライアルで活動していたときよりも弱く見せている。
ま、眼がいいやつには気付かれるぐらいの雑な弄りだからな。
「そうか?」
ああ、もう。これ以上会話していると、こいつらの馬鹿さ加減にイライラしてくる。
ささっと決闘に持ち込んでしまおう。
「……そういうお前たちは、私より弱いと思うがな。その眼は作り物か?」
「「…………」」
二人は何も言わないが、怒っているのは間違いない。
煽ったら煽り返されたわけだしな。当たり前のことだと思うんだがな。
「んなら、決闘で雌雄を決そうじゃあねぇか!」
「同意します。さて、どちらが――」
「――全員で掛かってこい。でないと……面白くない」
全員……人数にして、いつの間にか私を囲んでいた五十人だ。
増えたな。誰かが面白がって呼んだのだろう。
「あ゛? もう一度――」
『――決闘が受理されました』
途端、私の目の前に一匹の、鳥が現れた。
くびれのない、ずんぐりむっくりな鳥。だが、デブではない……毛が多いのか。
窓は……閉まったままだ。
『わたくしは闘技場の管理を任されております』
実体……ではないな。分身体と似たものだろう。
『レスク・エヴァンテール。相手は“全員”とのことですが、どうなされますか?』
さすがに私は一人で確定のようだ。
対して、喧嘩を申し込んできた側は……不特定多数だ。私が「全員」と口にしたせいでな。
「私と戦いたい者は全員、手を挙げろ」
静かだから、私の声が良く通る。
しかし……まさかこれほどとは。
面白半分で手を挙げた奴がおおよそ五十。
私を囲っていた五十人のうち、四十人が手を挙げた。
そして、野次馬の中から――そらく高位貴族の連中――が八人。
そして、リーダー格の男が二人。
……計、百人。
まさかの三桁とはな。……綺麗な数字だ。少し気持ちがいいな。
正直、〈超重力〉を展開すれば一発で終わる。
こいつらに、〈超重力〉に抵抗できるほどの実力はないだろうしな。一年だし。
それでは味気な……まあいいか。〈超重力〉は波長が五つある上級魔法。
十分、私の実力を語るにふさわしい。
そういう理由であれば〈禁忌大爆発〉のがいいだろうが……こいつらが死んでしまう。