第52話 私だけのサボりの秘術
私は授業準備中のレイの隣に転移した。
自室から〈千里眼〉でレイを探し、一人になったのを見計らって〈転移〉を発動させた。
レイからすれば、突然隣に見覚えのない人間が現れたのだ。
レイが即座に臨戦態勢を取ったのも仕方ない。
しかし、行動の素早さ……さすがは元聖騎士と言ったところだ。
しかし、このままでは聖騎士級の実力を持つナニカと勘違いされるだろう。
声だけはまだ変えていないし、わかってくれるだろうか……。
顔のつくりも一緒だし。頼む、伝われ。
「レイ……」
「…………まさかとは思うが……レスクか? なんだその姿は。それにお前の気配はすでに席に……」
伝わった!
髪と眼以外は変えていないからな。しっかり見れば、私だとわかるだろう。
わかってくれなかったら、気付くまで別人として過ごすつもりだった。
「なに、魔法だ」
「そんな魔法が? 幻影……ではないな。……で、どう紹介すればいい? わざわざ姿を変えたってことは、レスクではない誰かの方がいいんだろ?」
そう。分身体がいる以上、私はレスク・エヴァンテールではない。
さすがはレイだ。察しがよくて助かる。
「そうだな。クスレール・ヴェアンテ。……なんてどうだ?」
レスク・エヴァンテールの並べ替えだ。
「……安直すぎないか?」
「そう気付かれるものでもあるまい。とことん白を切れば……まあ、どうにでもなるだろう。私はあそこにいるわけだしな」
そう、当の本人がそこにいれば、偶然であるという――それが誤りなのだが――答えに辿り着くだろう。
魔法で創造されたとは言え、もう一人の私に他ならない。
一定以上のダメージを受けると消滅する紛い物だがな。
「なるほど。とことん化け物だな、お前は。人類の敵でないことを心の底から安心しているよ……」
「人類を敵に回すなんて面倒なこと、誰がやるかよ」
まあ、〈魅了〉で味方を増やし、要所を〈禁忌大爆発〉で木端微塵にしてしまえば粗方問題ないだろう。
一気に戦力がこちらへ寝返ってくる。
ただ、死神の右手のボスのような強者も確かに存在する。
そいつらが束になって掛かってくれば……勝率は百パーセントとはいかないだろうな。
山脈までもが敵に回ったら……勝てそうにないな。良くても引き分け。
「面倒なのか……」
この世界のすべてを知っているわけではないからな。
断言はできない。だが、数は力だ。
「――さて、授業の時間だ。先に行け、レイ」
私たちは教室に入った。少し、新鮮な気分だ。
私は念の為、顔の下半分を覆う仮面を創造し、着用する。
「今日は特別に、助っ人を連れてきた。彼はクスレール・ヴェアンテ。私の古き友人だよ。彼にも師事を乞えば、効率が良くなるだろう。では、昨日の続きといこう」
レイの合図で、生徒たちは闘技場に降り、剣、もしくは槍を握り、〈斬撃〉と〈突〉の習得に励んだ。
私を含め、すでに半数近くが片方を習得済みか。両方習得したのは今のところは王女のみか。念の為、今回は授業二回目だ。
「……何をしているの?」
王女が近づき、耳元でそう囁いた。
「何を……とは?」
「レスクでしょ」
「エヴァンテールの彼なら、あそこにいるではないか」
「違う。貴方の方がレスクの色が濃い」
ほう……面白い。
どう時間を掛け、緻密に分身体を作ろうと、確かに所詮は分身体。
確かに、私のように人の波長を見ることができる者であれば、そこにある僅かな違いに気づけたかもしれない。
もちろん、はっきりと見えないと、違いには気付けないだろうがな。
王女は、私の方が「レスク・エヴァンテールの色」が濃いと言った。
おそらく、王女は無意識下で人の波長を見ている。
それを“色”として認識しているのだろう。
推測に推測を重ねた結果だが、他に推測のしようがない。ほぼ間違いないはずだ。
「色が濃い……?」
「たまに、人に色が付いて見えるときがある」
やはりか。
人の波長を色として認識している。
たまに、と言うことは……自身と相性のいい者の色しか見えないのだろう。魂の波長、とも言うべきか。
この世界で目にした人の中で、ダントツの才能だ。
早熟の才なのか、それとも、まだ開きかけの蕾なのか……。
後者であれば……私の見ている景色が、僅かでも見えるようになるやもしれんな。
「……別にレスクが何をしようと、私には関係ない」
「そうか。話が早くて助かる」
それにしても、相変わらず平坦な口調だ。
「それで、魔法は習得したのか?」
「問題ない」
「であれば…………レイ、どうする?」
これは私の授業ではない。レイの授業だ。
私が勝手に進めてはならない。
「そうだな……。武器に魔力を極限まで注ぐ訓練を……いや、進み過ぎる。二つの魔法で何か適当に応用しておいてくれ」
「……〈一〉や〈点〉か?」
「――駄目だ。〈一〉はマイン家の秘術。〈点〉はウィグの本家の秘術だ。免許皆伝、または分家ではないと教えてはならない決まりがある」
それは知らなかった。だからあのとき、レイは若干焦っていたのか。
勝手に習得したのだが……本家の人間に聞かれたら、偶然同じ技を編み出した、ということにしよう。
誰かが生み出したのだ。たまたま私も同じものを生み出してしまっただけにすぎない。
「であれば……気を教えよう」
「「気?」」
そうか、気は存在するが、気という概念は人々の中にはないのか。
……教えるのが面倒になった。しかし、やらねばなるまい。男に二言はない。
「気が何かは……まあいいや。とにかく、気の感覚を覚えろ。それ以外はどうでもいい。ちょっと、背中を失礼するぞ」
私は王女の背に手を当て、少量の気を流し込んだ。
自力で気を習得するのはかなり至難の業だ。
しかし、他人から教わる場合は、超が付くほど簡単だ。初級魔法よりも。
「これが……?」
……もう気を認識したか。
少し気を流し込んだだけだが……。やはり、才能
「あとは、それを自力で動かせるようになれば、応用は容易い。あとは自習だな」
「わかった」
授業はひと段落。
ちなみに、次以降の授業には私は出ない。
また、高レベルの授業内容になったときに訪問するとしよう。