第40話 呪いと引退
現時点で最もかつ、段違いで火力が高い魔法のため、他に選択肢がなかった。
まあ、これを習得したおかげで、なんとなくだが……この世界の魔法の特徴が見えてきた。
他の上級・超級魔法も直に習得できるだろう。
超級魔法〈禁忌大爆発〉
鉄すら融解する高熱と、直径が人の背丈ほどもある巨岩すら吹き飛ばす暴風を兼ね備える。
それぞれは上級魔法で再現できるが、互いに阻害されないためにはこの魔法が最適だ。
何より凶悪なのは、その効果範囲。
制限を解除すれば、一つの街を覆うこともできそうだ。
怖いから無理やり抑えてる。
結果として、悪魔ディヴィアルは、跡形もなく消し飛んだ。
爆発の中心にいくにつれ、温度と風速は大きくなる。もちろん、ディヴィアルを起点に魔法を発動させた。
ディヴィアルの脆い体は、簡単に消し飛んだ。
普通こんな魔法を――威力、範囲ともに抑えていたとは言え――洞窟内で放てば、洞窟は崩落し、生き埋めになるだろう。
しかし今回の場合、大丈夫だという確信があった。
〈禁忌大爆発〉の余波が向かった先。
そこにあるのはただの壁……ではなかった。
私の魔法を見破る眼でも見えない。
……つまり、仕掛けはシンプルだ。
――魔法ではない。ただ、分厚い壁が、そこにはあった。
ディヴィアルを吹き飛ばした余波で、壁の一面が破壊された。
その先に、更に広い空間が広がっていた。
しかし今すべきなのは……。
私はレイの元へ歩みを進めた。
血は……止まっているな。ウィグが止血をしてくれていたようだ。だが、レイの顔色は悪い。
斬り落とされた右腕は、血の海の中に横たわったままだ。
おそらく、腕の中に残っていた、ほぼすべての血を出し尽くしたのだろう。肌が青白く染まっている。
私はレイの青白い右腕を拾い上げ、レイの傍らに立つ。
断面同士を合わせ、〈回復〉を唱える。
どこまで回復できるかは、術者の力量と消費する魔力量に左右される。
もしかしたら、超級魔法として上位互換が出てくるかもしれないが、今はそんなことはどうでもいい。
術者の力量と魔力量に比例する魔法。
私が唱えれば、相当なものとなる。
だが……――現実はそう、甘くはない。
「…………これは……ッ!」
私にとって、それは完全に予定外だった。
――まさかこんなものがあるとは思わなかった。
完全に未知の領域だった。
結論から言えば、レイの右腕はくっ付かなかったのだ。
――回復を妨げたもの。
この言い方が最もしっくりくるだろう。
――呪い。
レイの肩口の断面には、魔法のものとは違う別の波長が見えた。
そう、その波長は……波が不安定で、ブレブレ。とても波長とは呼べるものではない。
再現などできるものではない。つまり、反魔法も作れない。
しかも状況から判断するに、悪魔が最後の命を振り絞って作り出したもののようだ。
なおさら、解除は難しい。
すぐに回復しないと、二度と腕はくっ付かない。
……超級魔法を探す?
いや、十以上の波長を組み合わせてようやく見つかる超級魔法が、都合よく見つかるわけがない。
「……わかってる。……付かないんだろ?」
レイは、諦めた顔でそう言った。
やはり、当事者であるレイは何となくわかっているのか……。
誤魔化しようがない、か……。いや、誤魔化したところで治す術が、今の私には…………ない。
私は……無力。
「ああ……」
「そんな……ッ! それじゃあ……」
ウィグの声が濡れている。
波長も、深い悲しみを湛えている。
レイの利き腕は右。失った腕も……右。
「ああ、聖騎士は引退だな。……しかし、やることはまだある。そんな悲観することではないさ、ウィグ。だから……泣くな」
「……レイッ!」
ウィグは兜を外した。
赤い髪に緑の瞳。顔にしわはまるでなく、未だあどけなさが残っている。一言で言ってしまえば“童顔”だ。
レイと大して歳は変わらないように見える。
幼馴染……兄妹……恋人……師弟関係……妹弟子……。様々な可能性が脳裏をよぎる。
しかし、聞くのは野暮というものだろう。
私は黙って二人を見る。気配は限りなく薄めている。私は邪魔にはならないだろう。
こうして他のことに目を向け、逃げの思考型をしている私は、なおさら邪魔だろう。
「ウィグ……お前は諦めるなよ」
「……っ。……はい」
「レスク。まだ先があるのだろう? 私はもう大丈夫だ。行こう」
「わかった」
私は〈障壁〉を解除し、騎士たちを解放する。
「ドミィ様、マイン様、エヴァンテール様!」
「マ、マイン様……腕が!」
「かっ! かか、回復まほっ魔法を!」
騎士たちがウィグとレイのもとに駆け寄り、慌てふためく。
私はアドベンチャラーたちに囲まれているが、私が無傷のため、何も言わない。
たまたまガードが上手くいっただけだがな。
「大丈夫だ、安心しろお前たち。私の腕はもう付くことはない。だが……私の道はまだ続いている」
「しかしそれはっ……」
「聖騎士の道では……ないのですよね?」
やはり、利き腕を失うと聖騎士は務まらないのか。
「ああ。だが、私が決めたことだ」
そうレイが言うと、騎士たちは途端に静かになり、一斉に跪いた。
「レイ・マイン様。貴方様がそう決断されたのであれば、私共はこれ以上何も言いません。しかし、我らは今後とも、貴方様に協力を惜しみません」
「……ありがとう」
探索再開……とお元気いっぱいに行きたいところだが……ここは私一人で行くとしよう。
こいつらはこのまま残しておこう。積もる話も多いだろうしな。
それに、一人の方が面白そうだ。
アドベンチャラーたちはケメとイトシを見習い……空気を読み、空気になっていてくれたまえよ。
私は騎士たちに一か所に纏まって待機するよう命令を下し、私は奥の壁に向かって歩き出した。
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私が破壊した壁の一面の先に、広い空間が広がっていたのは確認済みだ。
こういう遺跡で、魔法を伴わない仕掛け。
……レアアイテムがあるはずだ。
やはりな。
空間はざっと、底面積はディヴィアルとの戦闘が行われた部屋の二分の一ほどだが、高さは同じくらい。
その部屋の真ん中には、明らかに人工物であろう、取っ手が生えていた。
私はそれを躊躇なく引っ張る。
もちろん、罠がないことは確認済みだ。〈透視〉でな。
扉の先には、地下へと続く真っ暗な階段が顔を覗かせていた。
私は周囲に火の玉を複数個生成し、光源を確保し、階段を下った。
鬼が出るか蛇が出るか……財宝が出るか。