第39話 超級魔法
ディヴィアルの翼の下から、硬く握られ、引き絞られた……今にも発射寸前の拳が顔を覗かせた。
身を守る翼は斬り落とし、もう片方の手――左手は指を三本、斬り落としてある。
だが、既に限界ギリギリまで込められた魔力と気。
これが、最後の一撃になるのはほぼ間違いない。
これで私が死ぬか、悪魔が死ぬか。
……私は死なない。
私の体には〈防護膜〉が掛かっている。
もちろん、この程度であれば突破され、攻撃の大部分を食らうだろう。
――しかし、それがどうした。
私には回復魔法がある。一撃で私の息の根を止めなる、もしくは意識を奪わない限り、私の傷は癒える。
そこら辺の人間にはできない芸当だろう。
私が魔法を波長で識別し、音に乗せて魔法の波長を発生させることができるからこその芸当だ。
そこらの人間は第一段階である、波長での認識ができていない。
「これで……終わりやっ! ――〈悪魔の一げ――ッ!?」
――ふっ……
ディヴィアルの一撃は、突如発生した強い動揺により……――不発。
ディヴィアルの右手から、魔力と気がとめどなく流れ出す。
――同時に、ディヴィアルの胸から血が溢れる。
「なんでや……っ! 念入りに〈気絶〉で気を失わせたはずやで……っ」
ディヴィアルの背後には、武器を握りしめたレイとウィグが立っていた。
魔法を使っていた? その気配は微塵も感じられなかった。
「……魔法を使っていたのか、あのとき?」
私は正直に聞いてみることにした。
どうせ致命傷だ。喋ってくれるだろう。
「……悪魔の血や。わしの血を相手に送り込めば、〈気絶〉の魔法が発動するんや。そんなんも知らんのか、人間は?」
ああ、なるほど。
壁に頭をぶつけるのとタイミングが合い過ぎて見えなかったのか。
しかし血に刻印された魔法とは……。悪魔は戦闘種族なのか。
この世界の王族とか貴族にも、そのようなものがあってもおかしくないな。
おまけに、ディヴィアルのこの言いよう。
悪魔ごとに個体差こそあれど、悪魔の血には何かしらの魔法が刻印されていると見てよさそうだ。
「どちらにしろ、無効化した。さて、ディヴィアル。……詰みだ」
レイがそう言うと、
「……悪魔の誇りに懸け、そんなことはありえへん」
ディヴィアルはそう答えた。
そのとき、シュザッ! という、何かを切り裂いた音が響いた。
「ぐ……ぐおっ!!」
ドサリ、と地面に落下したのは…………レイの右腕だった。
肩口からすっぱりと行かれている。
「くくっ……――っ!!」
……ディヴィアルの波長から、嫌な感情が伝わって来た。
これが悪魔の……こいつの本性というやつか。
見えたのは、暗い……どす黒い愉悦の感情。
私は鞘をカチャリ、と鳴らし、〈灼炎〉の魔法を発動させ、剣に纏わせた。
そして、ディヴィアルの脳天に剣を振り下ろした。
ディヴィアルの体に、綺麗に縦に一本の線が走った。
その線から炎が噴きあがり、瞬く間にディヴィアルの体を包み込んだ。
絶対に避けられると思い、大した力は入れなかったのだが……見た目以上にダメージが蓄積していたのか?
「グァアアアアアアアアアアアッッ!!」
炎に包まれたディヴィアルの体が動き出し、立ち上がった。
確かに真っ二つに斬ったはずだが……魔力と気でギリギリ繋いでいるのか。
ほんの数秒の命だろうが、その数秒ですべての魔力と気を使い果たすつもりのようだ。
……面倒な。
生半可な攻撃では怯まないだろう。
そこに意思はない。そこにあるのは、システムに則り、動く……ただの肉体だ。
腕を斬り落とせば足で、足も斬り落とせば頭で。
いや、足を斬り落とす前に接近され、攻撃を受けるだろう。なら……一撃ですべて破壊すればいい。
仕方ない。
私は右足を引き、〈閃撃〉を発動させる。
魔力で全身の筋肉を無理やり動かし、助走なしで移動する。
スピードは助走したときと変わらないが、あとで来る疲労が大きい。初めてやったときは肉離れしたっけな。
私はディヴィアルに接近し、高速で蹴り上げた。
私は空中を飛ぶディヴィアルを〈障壁〉で覆う。
ディヴィアルは〈障壁〉の中で勢いを消される。
私は魔法の波長を練り上げ、〈障壁〉を解除した。
ゆっくりと、ディヴィアルが落下してくる。
さすがの執念だ。
体内に膨大な魔力が凝縮されている。そして、そこに小さな……髪の毛ほどの太さしかない筋が通っている。
そこには気が通っている。
少しでも溢れようものなら、大爆発を起こすだろう。
……ま、それごと消滅させるから問題ないのだがな。
私は対象をディヴィアルに限定した。
高火力かつ広範囲攻撃のため、この遺跡の崩壊が心配だが……問題ない。
――パアァァ…………ンンッ!!
私は勢いよく手を叩く。
途端、ディヴィアルの周囲に膨大な魔力が凝縮され…………大爆発を引き起こした。
波長は十――超級魔法〈禁忌大爆発〉。
超級魔法の中では最も習得しやすく、範囲火力が高い。
……しかしその分、少々使いどころを見分ける必要があるという難点がある。
そしてディヴィアルの体は、僅かな断末魔すら許されずに――消し飛んだ。