第36話 悪魔の人外呼ばわり
ウィグの〈振動天地〉をまともに受け、ディヴィアルは膝をついた。
だが、ゆっくりと起き上がり、
「侮ったんは、わしもやけど……そちらさんもやで」
そのとき、ウィグの持った槍がバラバラに砕けた。
「――な!?」
「言うたやろ? わしはこれでも悪魔やで?」
……私の眼には、僅かに見えていた。
ディヴィアルにウィグの槍が当たった瞬間、ディヴィアルが小さな魔法を放った。
波長を解析した。ふむ……〈武器崩壊〉……か。
しかし、使い勝手の悪い魔法だ。
武器に直接素肌で接触しないといけないし、武器に一定量魔力が込められている場合や、武器の素材が高性能であるほど、成功しにくい。
……ほう、〈腐食〉の魔法を発見!
波長が一つの初級魔法だ。まだ知らない初級魔法があったとは。これは収穫だ。
「これでお姉さんは丸腰や、一番最初に楽にしたるわ――」
――ドゴンッ!!
ウィグの胸目掛け、鋭い右腕を振り下ろそうとしていたディヴィアルが吹き飛び、壁に激突した。
「何が起きたんや……?」
「侮らないことです」
ウィグの手には、先ほど壊されたものと同じ槍が収まっていた。
鎧で見えないが、おそらく、槍の予備を入れたブレスレットを着用しているのだろう。
瞬時に新しい槍を握ったウィグは、ディヴィアルを吹き飛ばした。
槍の出現から攻撃に移るまで、素晴らしい速度だった。ディヴィアルが、何が起こったかわからないことから、その速度が窺える。
おそらく、ウィグの持ち技の一つなのだろう。手慣れている雰囲気がした。
……そう、動きが完成されていた。
「なるほどのぉ。創意工夫は元より、人間の得意分野やったな。ここまで進歩しとるとは思わへんかった」
ディヴィアルは心底愉快そうに笑う。
というより、少しばかり嬉しそうだ。
「まあ……思うてた以上には楽しめそうやな。――〈獄炎〉」
ディヴィアルは右手を掲げ、そこに黒い炎を灯した。
「――〈点〉」
ウィグが〈点〉を放つ。
魔力と気を多めに込めたそれを受け、ディヴィアルの〈獄炎〉が大きく揺らぐ。
……が、消すには至らない。火は再び活力を取り戻し、黒く灯った。
「そんなちゃちな技で消させるほど、わしも甘ぁないわ」
ふむ……。これは少々、二人にとっては痛手になりそうだな。
魔法を強化するあらゆる波長が組み込まれている。
この空間一帯を焼き尽くすだろうな。
――消してしまおう。
「なら、消せるかどうか……試してみるとしよう」
「――な!? わしの火が……ッ」
私は言葉の一音一音に反魔法を込める。
元の魔法は〈灼炎〉。……つまり、〈獄炎〉の波長は四つ。
そこに強化系の波長が二つ。計六つの波長が魔法を形成していた。
私が発音したのは十音。
四音余る。どうせ発音するのだ。有効活用したさ。
「なあ兄さん、一体何をぉ……ッ!?」
私は〈衝撃〉を四発、発動させた。
一発目で、ディヴィアルを後方に吹き飛ばす。
二発目で、ディヴィアルの背後で発動させ、ディヴィアルに掛かるベクトルを打ち消す。
三発目で、ディヴィアルの足元に発動させ、ディヴィアルを上空に打ち上げる。
そして最後の四発目で、再びディヴィアルの足元に発動させ、ディヴィアルを天井に打ち付ける。
「「――〈一〉」」
天井に激突したディヴィアル目掛け、私とレイで〈一〉を放つ。
先にレイが放ち、その次に私が放った。
私の一撃の方が威力が高すぎる。
万一避けられた場合、当たるのはより範囲の広く、威力の高い私の一撃の方がいい。
「――〈鉄爪〉」
ディヴィアルは天井から抜け出し、中空に躍り出た。
だが時すでに遅く、レイの〈一〉が命中し…………たが、ディヴィアルはその勢いを利用し、再び天井に刺さった。
ディヴィアルの両腕の指先が、黒光りしていた。
波長は二つの、中級魔法だ。魔獣がよく使う魔法だ。
爪を鉄の硬度に変換させる魔法だ。修練を積めば、指でも可。ディヴィアルがやっているのは指だ。
レイの〈一〉を食らっても無傷なのは、それでガードしたからか。
しかし、空中で身動きが取れないようでは、私の一撃は避けられない。
レイの〈一〉で少々動いたが、私の射程範囲内にいるのは間違いない。
上半身と下半身でお別れさせたかったが、手足を分けるだけでも問題ない。
「終わりだ」
レイが呟いた。
馬鹿野郎。フラグを立てるな。
「誰が終わりってぇ?」
ほら。そんなことを言うから。
ディヴィアルは背中から、体と同じく漆黒の翼を生やし、私の〈一〉を躱した。
私の〈一〉は天井に音もなく吸い込まれた。
「……なんちゅう出鱈目な一撃……あんた、ほんまに人間かいな?」
やれやれ、失礼なやつだ。
人外に人外呼ばわりされるとは。
私の体は百パーセント人間の遺伝子でできている。……百パーセント、純粋な人間だ。
「私のどこが人外に見えるというのだ?」
「その強さや、その強さ! んなデタラメな一撃を出せる人間、わしが召喚されたときにはおらへんかったぞ!」
「お前を封印したのは?」
「……わからへんのや。気づいたら真っ暗な空間におった。わしが召喚された部屋の地下での」
ふむ……。何者かがディヴィアルを罠に嵌め、封印したというわけか。
封印の術式は、あの扉にはなかった。特定の波長を解くと、封印魔法も解かれる仕組みだった。
つまり、封印の波長は不明。再封印の手はない。
倒すしかない。
これほど単純明快な手しか残されていないとはな。