第21話 治安の悪い年に休息はない
翌朝。
チンピラ共の襲撃後、私は部屋に〈障壁〉を張り直してそのまま寝た。しかし、攻撃された形跡はない。
しかし、これで懲りてはいないだろう。
ああいう連中は無駄に諦めが悪いうえに、頭も悪い。
「ふむ。このまま、アドベンチャラーたちを手中に……。いや、昨日会った、キマイラ男を押さえれば手っ取り早いか」
キマイラ男が現在のこの都市のトップだ。そう見て間違いない。
それに、あの男と受付嬢ぐらいのものだろう。……この都市で話が通じるのは。
――ドンドン!
「お客さん!? 起きてください、あなたにお客ですよぉ?」
やれやれ、下手な演技だ。
この宿の店主に声質を似せているつもりだろうが、まるで違う。
声を変えるなら、魔法ぐらい使えばいいものを……。あるのかは……知らないから言及はしないが。
ここはもう、一発大きいのをぶち込んでやるとしよう。
いちいち力を示すのも面倒だからな。それに、私は朝が弱いのだ。これ以上のごたごたは、快適な朝のためにも、勘弁してほしい。
私は一歩一歩、歩みを進める度に床が立てる音で、魔法を発動させる。
仮面を忘れてはいけない。〈透視〉で外の様子を確認する。……武装した男が五人、軽装の女が三人。
おそらく、まだ援軍がいるのだろうな。女の一人が頻繁に誰かと〈念話〉で話しているようだ。
戦闘準備は万端だ。
右手に抜き身の剣を握り、扉で隠れるように持つ。
〈防護膜〉で私の体を覆う。あとは物音さえ立てれば、すぐにでも〈閃撃〉が発動するように構えている。
「はいはい。こんな朝っぱらから、なんの御用……」
「――死ねえッ!!」
扉を開け、顔を覗かせ様に斧が振り下ろされた。
せっかちで、礼儀のなっていない奴だ。
左腕を顔の上で水平に構え、斧を受ける。……が、〈防護膜〉は破られない。
やはり、その程度でしかないか。
まだ若いし、筋肉も未発達だ。駆け出しのアドベンチャラーなのだろう。……まだ救える。
斧を持った青年以外は、嘲笑を浮かべている。
この状況が見えていないのか?
私は腕を斬られていない。むしろ、斧を無傷で受け止めているのだが……。
はあ……。所詮、寄せ集めか。経験も浅そうだし。
そもそも、斧が地面と当たっていない時点でわかれよ。
それに、力を緩めるのも問題だな。力を緩めると……
「――こんな雑兵が私の相手とは……舐められたものだなァッ!」
私は左腕と足腰に力を込め、思いっきり斧を押し返す。
「「――!?」」
「両手斧を……片手で……?」
「いや、なんで……? なんで斬れてないんだ?」
「それはこっちが聞きたいわよ! 斬ったのはあんたでしょ!?」
はあ……。こいつらに本当に眼が付いているのか、甚だ疑問でしかない。
借金のカタで眼を取られたので義眼です、なんて言われた方が疑問はない。
「……作戦変こ――」
――パァンッ!
私が〈閃撃〉を発動させ、手を叩くと、侵入者たちは一瞬で静まり返った。ただ手を叩いただけ。
そして指を鳴らし、襲撃者たちに〈麻痺〉を掛ける。
「な……」
「あ……れ……? うごけ……」
侵入者たちは全員、倒れた。
「今、私は男女平等を支持する。……首謀者は誰だ? いや、質問を変えよう。首謀者はどこにいる?」
「「宿屋の外です!!」」
「おい!」
「な…………じきに……っ!」
呂律が回らないか。それも〈麻痺〉の効果なのだがな。
少し弱めに掛けたため、喋ることはできるが、長く喋ることはできないはずだ。
しかし、呂律が上手く回らないだろうに、よくもまあ三人揃って、上手く発音してリーダーを売ったな。
二人の男は抵抗しようとしているが、他の六人は諦めている。何を犠牲にしても、自分の命を守ろうという腹積もりだろう。やはり寄せ集め。
「宿屋の外か……」
私は〈千里眼〉で、視界を宿屋の入り口へ飛ばした。
そこには武装した、十人ほどのグループがいた。
一人は男だが、残りの九人は女だ。ハーレムでようござんすね。
「男だらけのグループか?」
「ちが……ますっ! ほと……どは女のは……」
ふむ……。鎌をかけたのだが……引っかからないか。となると、罠の可能性は低い。
「あ……あのっ!」
突如、女の一人が声を荒げた。
「どうし……ああ、〈念話〉が入ったのか。出ろ。そして、私を拘束中だと伝えろ。――〈状態異常回復〉」
私は、状態異常――他者による強制的な行動制限を解除する魔法を使った。
麻痺、睡眠、毒……。これは持っていて得する魔法だ。必須能力だ。
昨日、宿探しのためにうろついている最中に見つけた。
詳しい効果に関しては、裏路地の酔っ払いで実験済み。
行動不能状態まで解除する、とても汎用性の高い魔法であることがわかった。
「……はい。現在、男は拘束中です」
『ならなぜ連絡しない?』
「抵抗を受けており、まだお呼びするのは危険かと……」
『そうか、わかった。あとどれくらいで完全に拘束できる?』
「直に完了するかと」
『完了次第、連絡しろ』
「……はい、かしこまりました。……失礼します、イトシ様」
女は会話を終え、〈念話〉が切れる。
自分が使っているわけでもないが、意識すると、会話の内容が聞き取れるとはな。
魔法の練度が低い。少し……ほんの少しだけ波長を弄るだけで、盗聴されにくくなるというのに。
しかし、明確な上下関係が確立されているようだ。
寄せ集めと言うより、ただのクズだったか。
「よくやった」
私は再び〈麻痺〉を掛け直す。
先ほど視界を飛ばしたとき、ついでに店主を確認した。
店主はこの状況を黙認しているようで、素知らぬ顔だ。おそらく、首謀者の男に逆らえないのだろう。
「あの男は何者だ?」
「こ……の都市の……二人のトッ……プの片割れです」
なるほど、あのキマイラ男だけがこの都市のトップではなかったのか。
「しかし……その力は……圧倒的だ。…………誰も勝てない。お前でも……な!」
唯一抵抗を続ける男がそう言った。
私であっても勝てないと? 舐められたものだ。
盗聴されるレベルの〈念話〉を使う輩だ。少なくとも、魔法技術力は低い。
そんなやつに負ける未来は見えない。仮面の〈未来視〉でも使うか?
冗談はさておき。
「十人で全部だな?」
「はい…………今日のとこ……ろは。……私たちを含め……て、十八人です」
なるほどな。
であれば……
「――片付けてこようか」