第20話 ボロ宿と襲撃者
ハウスでキマイラ討伐の報酬を受け取り、私は宿探しのため、街を彷徨い歩いていた。
念の為、〈隠密〉で姿を消して。
下位互換として〈不可視〉という魔法があるらしいが、それをすっ飛ばして〈隠密〉を覚えてしまった。
こちらの方が使い勝手がいいため、巨王も忘れていたのかもしれないな。
ちなみに〈不可視〉は姿を消すだけで、足跡や匂いは存在する。初級。
しかし〈隠密〉では匂いも足音もしない。気配もかなり薄くなる。波長は三つ……中級。
にも関わらず、気づく者はそうそういないそうだ。人間の間ではあまり広まっていないらしい。
更に上位の魔法があるとすれば、その魔法はすべてを絶つことができるだろう。
是非とも習得したいものだ。波長の数も多いだろうがな。
しかし……どこの宿屋も、まるで設備がなっていないな。
スラム街よりはましか。
……仕方ない。人の少ない宿屋で、布団の質が良ければ気にしないことにしよう。
贅沢は言っていられない。
そう思い、〈空中歩行〉で中を覗き見たりして選別しているのだが…………なかなかいい物件がない。
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「――毎度!」
結局、私は裏路地で一件の宿屋を見つけ、そこに決めた。
私以外、誰も泊まっていないようだ。宿屋の看板が目立つところに出ていなかったのだ。仕方ないことだ。
価格も良心的で、部屋も悪くない。
一応、警戒はしておくか。怪しすぎるし。
私は部屋に〈障壁〉を張る。
さらに、術者に敵意を持つ者が一定範囲内にいる場合に、術者にそれが伝わる〈警報〉の魔法を付与する。
これで、誰かがこの部屋を襲ってきても問題はないだろう。
ふむ……。やはり、襲撃してくるか。
私がBランクのアドベンチャラーだというのは知られているはずだ。
宿探し中、路地裏でカツアゲの現場に出くわし、姿を現わして締め上げたのだ。
締め上げ、表通りにパンイチで放りだしたからな。かなり目立ったはずだ。
襲撃者たちは……扉の外に待機中か。
店主は何してんだ? それもこの街のルールなのか?
店主も向こう側なのかな……。まあそうか。
まあ、〈障壁〉を部屋の内部に展開しているから……扉を開けるのが関の山だ。
私はベッドに潜り、横になる。魔力を練るのは……やめておこう。察知されたら面倒だ。
……突入してくるか? …………来る!
ぎぃ…………と、扉が軋む。整備不良。
さてさて、〈障壁〉を突破できるかどうか……。
そうそう突破できるとは思えないけどな。今となっては、ハウスの闘技場の障壁に勝るとも劣らない練度だ。
だがこのままでは面白くないので……。
私は〈障壁〉を解除した。
――バン!
扉が勢いよく開かれる。
背後……少し離れた場所に数人いるな。誰だ?
ホルスの仮面を着用し、〈千里眼〉を発動させ、視界を飛ばす。
ふむ、やはりあいつらだったか。……路地裏でカツアゲをしていた連中とプラスα。
「掛かれぇっ!」
「「――〈火球〉」」
全員が扉の前に集合し、三人が火属性初級魔法を放つ。
甘いな。練度が足りない。
――ドンッドドンッ!!
三発の〈火球〉が新たに範囲を狭めて張り直した〈障壁〉に衝突し、炸裂する。
室内で〈火球〉を放つとは……。
実力の低さが露呈するな。もしくは、そう思わせるための策略か……。ないな。
普通に弱い。怯えこそないが、自信はまるで感じられない。
「な……なにが……?」
「ようこそ。こんな真夜中に一体、何の御用でしょうか? 私はもう寝たいのですが……」
……そんなに真夜中というわけではないがな。
寝たいのは事実だ。寝る子は育つと言うしな。
「な!? 貴様!!」
私は仮面を着け、起き上がる。
今は〈障壁〉があるから、破られない限り、相手の攻撃は通らない。
もちろん、こちらの攻撃も……だがな。
「……なんの……御用ですか? と聞いているのですが」
私は殺気を滲み出させる。
「な……これは……障壁!? そんな! ハウス特有のマジックアイテムでないと……」
「ちっ! 退く――」
「――退かせると思ったか?」
私は〈障壁〉を解除し、再度張り直す。
部屋の外の廊下を塞ぐようにな。目で見えていないと張ることはできないが、仮面の〈透視〉がある。
壁を透かし、廊下を見た。そして、魔法を発動させた……というわけだ。
私は〈防護膜〉を自身に張り、侵入者たちに向かって歩いた。
「障壁が解けた!」
「――行け!」
馬鹿か。お前たちを〈障壁〉の内側に閉じ込めたんだよ。
「「――〈火球〉!!」」
侵入者たちはまた〈火球〉を放つ。やはり、練度が甘い。
私は指を鳴らし、三発の〈火球〉を消す。
魔法を消すのは難しいが、今回は超が付くほど簡単だ。
ただ、敵の放った〈火球〉の波長と真逆の波長――反魔法を当てればいい。練度が低すぎて簡単だった。
「魔法が……消された?」
「水の魔法か?」
「――違う! 魔法そのものが消されたみたい」
ふむ……。まさか、ここまでレベルが低いとはな。
魔法が消されたことすら、確証を持てていない。つまり、反魔法は広まっていない。もしくは、上級者向けの技術。
「まさかここまでとは……失望させてくれる。もういいか? 私も寝たいのだが」
「なら直接攻撃で――」
「――遅い」
筆頭の男が剣に手を掛けた瞬間、私は鞘に収まったままの剣を手に取り、そのまま、剣先を男の喉仏に突きつけた。
「その程度の実力で、よく私を襲おうと考えたものだな……」
「くっ……」
「今日のところは、これで見逃してやる。三秒以内に姿を消すならな。……三……二……」
私はカウントダウンに合わせ、殺気を濃くする。
「ヒ……ッ」
そして、カウントが「一」に差し掛かったとき、侵入者たちは尻尾を巻いて逃げ出した。
やれやれ。
しかし……ふむ……。
「――…………この街のアドベンチャラーたちを牛耳るのも、面白いかもしれないな……」