第15話 捨てられた山へ帰省
私が伯爵邸を出て最初に向かったのは、東の方──山脈だった。
アドベンチャラーBランクともなれば、国境は簡単に越えられるが、帝国にはまだ行かない。
いつか、私を殺そうとした兄上の顔をもう一度拝みたいが……まだいいだろう。
『久しぶりだな』
『……ほう。いつぞやの小僧ではないか。元気そうで何より』
私はまず、巨王のもとに来ていた。
『は! 空を浮いて来るとは、なかなかキザったらしくなったものだな』
『そうか? こっちのが速いんだ。別にいいだろう?』
巨王との話は楽しいな。
巨王はユーモアがある。
巨王の話は、都市エヴァンスでは本にすらなっていた。曰く、守り神、と。
盗賊はあの後、根こそぎ殲滅したし、巨王の地位も当分は安泰かな。
まあ、あの盗賊がいても巨王からすれば砂粒以下か。
『ほれ、預かりものだ』
『お、ありがとよ』
盗賊たちが所持していた金の半分は私が貰う契約だった。
しかし、捨て子の私が大金を持っているというのはおかしいと思ったため、巨王に預かってもらっていたのだ。
ふむ……。結構あるな。
『ふむ、数えたが、硬貨が四百五十二枚あるぞ。違いはあるが、一緒に数えた。わからんからな。一応、別々に分けておいた』
『そんな大きな数……どうやって数えたんだ?』
『これだ』
杉の木から、猿たちが下りてきた。
なるほど、猿たちに数えさせたか。魔法の存在を期待したぞ。
『……ふん? …………声が……いや、なんでもない』
声変わりでもしたか?
いや、何も変わらないはずだ。体はまだ十歳ほどだ。二次性徴にはまだ早い。
それに、実年齢はまだ半年ちょっと。何より、〈成長〉を掛けなければ、肉体は成長しない。
『ふむ……。それで、こうやって山に来たということは、追い出さ……れた格好ではないな』
『アドベンチャラーになったんだよ。冬が明けたらまた出ていくが、冬の間に体を成熟させておきたい』
『ほう。……なら、山賊の家でも使うか? 食料調達は知らんぞ?』
『いいのか?』
『ふぅ、そちらに話を持っていくつもりだったのだろう? いい。使え』
巨王はため息を吐くと、そう言った。
初めからお見通しだったってわけか。
『感謝する。それで、どこにある?』
『ふぅむむ……。三つ隣の山だ。配下の猿たちが警戒しているから、すぐわかるだろう』
ふむ……。なるほど、たしかに猿たちの魔力が集まっている場所が三つ隣の山の中腹にある。
あそこか。仮面の〈千里眼〉で確認したが、たしかに小屋がある。あれで確定だな。
警戒というのは、盗賊の残党を警戒しているのだろう。
一枚岩とも限らないからな。
『ありがとう。それじゃ、一度狼たちに挨拶してくるよ』
『ふむ、わかった』
私は〈閃撃〉で空中を駆け、狼たちの東の山脈へ行く。
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私は狼たちを見つけ、少し先に轟音とともに降り立った。
少し、派手にやってみたかったのだ。親に成長の証を見せたくなるものだろう?
現に狼たちが、何事だ、とでも言いたげに駆け寄ってきた。
しかし、銀狼だけは察していたようだ。警戒している様子がまるでない。
『久しぶりだな、小僧』
『ああ、久しぶりだな、銀狼。…………それと、私は名を貰った。レスク。レスク・エヴァンテールだ』
『そうか、レスク。良い名を貰ったな……。……さて、本題はなんだ?』
さすがは銀狼。
山脈一の切れ者、と称されるだけのことはある。
『ああ、アドベンチャラーになったのだが、これから冬が来るため、少しゆっくりしようと思ってな。いい機会だし、ちょっとした里帰りというやつだ』
『なるほどな。それで、アドベンチャラーというのはあれか。たまに姿を見かける、武装した集団か?』
『武装が統一されていなければ、そうだろうな』
武装が統一されていた場合、それは騎士だろう。
騎士については良く知らないし、興味もない。
『さて、と。私はそろそろ行く。子供が増えた祝いもできずに、すまないな』
『気にするな。巨王と魔蛇から祝いの品が送られてきた。白竜からもな。もう十分だ』
この山脈の王たちは、良い関係を築けているようだ。この山脈は安泰だろう。
『私は西の小屋にいる。当分、〈成長〉の反動で引きこもっている』
『了解だ。どれぐらい引きこもるつもりだ?』
『目算だが、七日』
十歳分成長するのに、二週間を要した。他世界と比べると大分遅いのだが、まあいい。
今回は十五歳まで成長させる。前回の半分。おそらく、二週間の半分――七日で済むはずだ。
余った時間は、魔法の探求に勤しむとしよう。最低限、欲しい魔法はまだある。
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私は西の山脈へ戻り、夜を明かした。
やはり、狼たちの群れは居心地がいい。なんとなく、互いに言いたいことを理解できている気がするのも、間違いではないはずだ。
狼たちは、テレパシー……アイコンタクトが顕著なようだ。
そして、私は小屋のすべての扉、窓を閉める。
私は今まで、命の危険のある場所で〈肉体を急成長させる魔法〉を行使してきた。
危険極まりない。
前回は一応、狼たちの保護下にあったが、それでも、山の中というだけで警戒するものかもしれない。
だからこその今回だ。
私はすべての窓、扉を閉め切り、小屋の中に中心で座禅を組んだ。
小屋の外は、巨王の取り計らいでいつもより多めの猿たちが小屋を守ってくれている。
さあ、発動させよう。
「――〈成長〉」
そして、私の意識は闇の中へ沈んだ。