第130話 二つ目の餌
私は、オークションのマジックアイテム保管室内を見渡す。
オークションは現状、ハトホルとは無関係。あるのは、因縁のみ。
だが一つ、視界の端あるアイテムが見えた。
「ガンマ殿、あれは……」
「……ええ。あれは、私たちの持つ、超希少マジックアイテム。……非売品です」
数多く並ぶショーケース。
その中でも、特に強固に守られているショーケースの一つ。
――そこには、一つの仮面が鎮座していた。
「ですが今日、確信しました」
ガンマは、そのショーケースの中を見やり、そう言った。
「これも、そのハトホルの仮面同様……餌に使えます」
ガンマが何を考えているのかはわからないが、おそらくその仮面は、ホルスの仮面やハトホルの仮面の同シリーズ。
よく似ているしな。
……ただ、詳しい情報はその形状以外、何も読み取れない。
このショーケースの防護術が、ほとんどの情報を遮断してしまっているのだろう。
「その仮面の名は?」
「名称も詳細も不明です。十五年前に、ある遺跡の最奥に祀られていたところを発見されました」
……名称不明、か……。
それにしても、何だか嫌な気配がする……。
そのせいか、仮面が禍々しく見えてきた。
「ホルスは眼、ハトホルは美と愛と言ったように、仮面には象徴するものがあります。……ですが、これがあった遺跡には、それに関する記述が一切――たったの一文字すら見つからなかったのです」
「つまり、本当に一切の情報が不明、と……。込められている魔法だけでも、明らかにさせましょうか?」
私が着用すれば、そこに込められた十つの魔法を読み取ることができる。
ワーグナーやハトホルの話によると、仮面に込められた十の魔法のうち、扱える数には個人差がある。
だが、私はそれを無視して、直接込められた魔法の波長を読み取ることができる。
「いえ。非常に興味深い提案ですが、やめておいた方がいいでしょう。謎が多いアイテムですから。それに、謎こそ魅力。そう思いませんか?」
ふむ。『謎こそ魅力』……。
それも一理あるな。
「……わかりました。十二分の警備をよろしくお願いします」
「ええ、もちろんです」
……ハトホルがこの護りを破ったという過去があるんだよなぁ。
信用していないわけではない。……が、事実は事実。
「ハトホル対策は?」
「この管理室は、あの日のこともあり、一から作り直したものです。作ったのはオークション所属の職人たちと、オークション秘伝の技術です」
ふむ……。
完全オリジナルの防護機能――結界か。
「これとは別に、二重三重の術が、このオークション施設に付与されています。仮にここが破られたとしても、逃げることは不可能です」
「そうですか」
とりあえず、問題はなさそうだな。
だが、ここにはありとあらゆるマジックアイテムが揃っている。
ここに閉じ込められても、武器がそこらに転がってたんじゃあな……。籠城できる。
ショーケースに入ったアイテムは、そう簡単に取り出せはしないだろうが、その必要はない。
それ以外のアイテムも、十分に使える。
……いや、それ以外のアイテムだけで十分なレベルだ。
それに、ハトホルには仲間がいる。
死人のような顔をした、馬鹿力で魔法を使えなくさせてくる、謎の集団が……。
あいつらがここに現れたら、マジックアイテム頼りの泥仕合と化すだろう。
……第三者が参戦するしかあるまい。
「やつが現れ、対処の仕様がなくなったら、これを使ってください」
私はパプリエル鉱石の塊をガンマに渡した。
「これは……どんな魔法が?」
「私の力の一部を召喚する魔法です。もちろん、性能は私に劣りますが、その場しのぎ――時間稼ぎにはなるはずです」
「時間を稼いで、どうしろと?」
「コレが私の力を行使したなら、こちらの鉱石が光ります」
私はそう言うと、もう一つ、パプリエル鉱石の塊を取り出した。
「これはアンウェンのアドベンチャラーハウスに置いておきます。これが光ったそうだと判断し、アドベンチャラーたちが突入してきます」
「そうですか。ですが、扉は外から開くことは難しいようになっています」
「問題ありません。鉱石の元へ直接〈転移〉で送られます」
おまけに、送るのは一度だけではない。
時間を空け、追加で一度……合計二度だ。
「その際、ガンマ殿たちは、あいつらの手中に落ちるマジックアイテムの数を、少しでも少なくなるようにお願いします」
「もちろんです」
「ハウスの警備……戦力はどれぐらいですか?」
「機密事項なので、秘匿させてもらいます」
ふむ……。それもそうか。
まあこれだけマジックアイテムが集められていることだし、それなりの戦力を期待してもいいのか……。
マジックアイテムは、あの魔力を封じられる空間の中でも問題なく使えたしな。
身体強化系のマジックアイテムは、別の部屋に揃えられていた。
つまり、オークションの戦力の要と、餌の撒かれた檻は別。
「……これで粗方問題はない、と」
「ええ。あとは、どちらかにやつが現れるのを待つのみ、ですね」
以前よりも厳重に強化されたここと、私。
オークションの警備は十重二十重の対策がされている。以前に破ったことがあっても、すでにそれは別物。
私には最近、敗れているしな。だがその分、向こうは私の情報を持っている。
……だがどちらにしろ、やつは両方手に入れようと動くはずだ。
どちらが先か。それだけだ。
……だが、どちらも奪わせはしない。
理由はわからないが、仮面を奪われるのはまずい。
そんな気がするというか……。あんな連中が奪おうとしている物が、いい物であるはずがない。