第129話 ハトホルとオークション
「オークション側があいつを目の敵にしている理由はわかりました。あとは聖騎士団に頼んで、指名手配してもらえばいいでしょう」
ハトホルの仮面の下に隠された顔は思い出せないが、指名手配は仮面でもいい。
「そうですね。……ですが、私たちの情報網を駆使してなお、今まで見つからなかった敵です。そう簡単に見つかるとは……」
ガンマの言うことももっともだ。
だが、問題ない。
「それなら大丈夫です。私の持つ、これ――ホルスの仮面。これを狙い、いつの日か必ず、相まみえるはずです」
私はホルスの仮面を取り出し、ガンマに見せた。
「それは……本物ですか」
「ええ、間違いなく」
ガンマが手を伸ばしてきたが、私はホルスの仮面を収めた。
まだこいつを信用したわけではないしな。盗られてはかなわん。
「……まあ、貴方がそう言うのであれば……そうなのでしょう。現状、それが唯一の、あの盗人をおびき寄せる餌なのですから、嘘を吐く理由がない。ですよね?」
「その通りです」
ガンマがハトホルを捕まえようとしている。
そこに、嘘を吐いている気配はなかった。
隠蔽している可能性もあるが、所詮は“可能性”だ。
ハトホルと裏で通じていようと、ハトホルを捕まえる意志がなくとも、問題はない。
ガンマの言う通り、餌は私が所持している。
アドベンチャラーとして活動するときは基本、着用しているし、そのときは、向こうにとって確実にチャンスとなり得る。
それ以外はブレスレットの中に保管している。
ハトホルが狙ってくるなら、仮面着用中か、(ほぼ百パーセントないが)私がブレスレットを手放したタイミング。
最悪なのは、人質を取られること。
事前の阻止はできても、取られた後となると……手段は限られる。
「……で、話を戻すぞ」
「はい、なんでしょう」
「目的は言ったはずだ。一度、ここを捜索する」
「かしこまりました。……ですが、案内は私がさせて頂きます」
ふむ……。それもそうだな。
オークション側としても、私たちのことを信用できない。
アドベンチャラーの大半は、荒くれ無法集団なのだから。ガンマの反応は、通常と言える。
「わかった。なら、ガンマ殿。今ここにいる従業員をここへ集めてくれ。……そうだな。君と君と……君は、私について来てくれ」
「「はい!」」
「それ以外は従業員たちを見張っていてくれ」
「「は!」」
私がついてくるよう頼んだのは、Cランクが二人とBランクが一人。
残りはDが三人、Cが一人、Aが二人。
見張りの方が重要だ。私はAランクアドベンチャラーの一人のポケットに、ライアル鉱石を忍ばせる。
そして小声で、
「……何かあれば、これを投げつけろ」
とだけ言い残した。
あとは、従業員たちが集まるのを待つだけだ。
ガンマ殿は、右人差し指に嵌めた指輪を口に近づけた。
『すべての従業員に命じます。すべての業務を中止し、至急、第一ホールにまで』
今の発現、暗号だったりしないよな?
ガンマの波長に変化は見られなかった。だからと言って、信用はできない。
人の波長はそれなりに訓練を積めば、簡単にコントロールできるからな。
▼
「こちらが最後の部屋――保管室となります」
ガンマに案内された、最後の部屋。
そこは、ありとあらゆるマジックアイテムの保管室とのことだった。
しかし、そこにあるのは……壁。
魔法の気配がそこだけ濃いことから、そこに隠し扉があるのはわかるのだが……。
さすがの警備だな。
幾重もの魔法的・物理的防御。
おまけに、見た目は完全に壁。壁に取っ手だけが付いている状態だ。
ハトホルがこれを突破した?
素直に拍手を…………と思ったが、なんてことはない代物だった。
一見、確かに、複雑なセキュリティ。だが……
――薄い
破壊はできない。ただそれだけだ。
「少しお待ちを」
ガンマが扉の前に進み出て、扉に手をかざした。
すると次の瞬間、扉が何に反応したのか……ガコン、と縦長の長方形型に、壁がへこんだ。
ゴゴ……と、壁は更に奥へ動き、最終的に、一メートルほどへこんだ。
ガンマが先陣を切って、中に入って行った。
どうぞお入りください、なんて言われたら行かなかった。閉じ込められたらどうしようもないからな。
部屋の中の様子は、真ん中で二種類に区切ることができた。
倉庫のように、物が詰まった棚や箱がところ狭しと並んだエリア。
美術館のように、ショーケースが並んだエリア。
分け方は、管理方法から見ても明らかだ。
そしてその中に、見たことのある商品が丁寧に保管されていたしな。
「あれは……月の翼ですか? つい先日のオークションで競り落とされたはずですが……」
「ええ。まあ、そこら辺は置いておいて……」
反応が……。
超絶激レアアイテムだと聞いていたが、もしかして、一個だけじゃないのか?
それとも、キャンセルされたか?
まあ、今はそんなのはどうでもいい。
「ふむ……。問題はなさそうだな」
隠し通路は見当たらなかった。
見落とした可能性もあるが、それは私がどれだけ感覚を研ぎ澄ませ、強くなったとしても必ず残るものだ。
ゼロパーセントはあり得ない。
とりあえず、オークションはハトホルとは無関係の線が強い。