第125話 悪魔の赫き
扉の先は、一つの部屋となっていた。
「ここはあっちにお任せさ!」
ラブはそう言うと、何かを部屋へ投げ入れた。
すると次の瞬間……部屋が明るく照らされた。
「光を発する照明魔法具さ。事前に込めた魔力で光って浮くから、半永久的に使える便利な代物さ。一個八百リル」
「悪いが、私も二、三個持ってる。必要ない。……あと、店では七百リルだったぞ」
やれやれ……商魂たくましいやつだ。
だが……うん、すでにラブがこうして使っている時点で、現状、必要ないんだがな。
まずまず、〈闇視〉を使っていたから大して変わらない。
その部屋は、床、壁、天井……隅々にまで文字が刻まれていた。
そして部屋の中央の台座には、真っ赤に光り輝く杖上の玉石が置かれている。
……塵一つない綺麗な部屋だ。
ずっと開かれなかったから、だけではないな。あの遺跡の部屋もそうだった。
何らかの魔法だろうか? 波長は感じないが……微かに、部屋全体が魔力を帯びているのは感じる。
相変わらず、波長は見えないがな。部屋を維持する魔法ぐらい教えてくれてもいいものを……。ケチ臭いな。
「あれさ! 悪魔の赫き……」
あれが今回の、悪魔を召喚するマジックアイテムか……。
あれを使えば、ディヴィアルを呼び出すこともできるが…………うん、やらない。リターンとリスクがまるで釣り合わないからな。
「あれを無事に持って帰ったら、任務完了さ」
「……念の為、確認なんだが……。お前の所属する組織――オークション側も大丈夫なのか? あれを悪用する恐れは?」
「――知らないさ。あっちは言われたことをやっているだけさ」
……嘘を吐いている気配はない。
……チッ。
白か黒か、区別ができないではないか。
まあ、簡単に自爆するようなやつが白なわけない、と踏んで、こうしてラブに味方しているわけだが。
……どっちも黒なんじゃないかと思えてきた。
とは言え、ここで私が持ち逃げしてしまっても、両者から見れば第三の勢力。
敵が増えるのは勘弁願いたい。面倒だからな。敵が組織だと特に。
「まあいい。ラブ、とっととアレを持て。追っ手も来ているし、転移して帰るぞ」
「わかったさ!」
私は右眼を閉じ、追っ手の様子を確認する。
ゴーレムとの戦闘時から〈千里眼〉は放置していたが、こうして再起動させた。
追っ手は……未だ遺跡の外で待機中か。
私たちが目的の品を持って出てくるのを待っているのだろう。無駄なことを……。
「持って……きた……さっ!」
ラブの手には、真っ赤な杖。
見た目に反して、その質量はかなり重いようだ。まあ、石だもんな。
まあいい。さて、〈全体転移〉を…………
「「――それはわたしたちが頂く。――『魔法よ、去れ』」」
途端、波長が壊された。
波長が壊されたタイミングで、部屋の外の空間に、いくつもの線が、天井から床へと走った。
なんだ……。魔法? いや、波長は見えない。
すると、その線の真ん中辺りから、人の手が伸びてきた。
その手はカーテンを捲るように手を動かし、開いた穴から、死人のような顔をした男や女たちが乗り込んできた。
男たちが完全にこちらへ入ると、線は閉じ、そこには元通りの空間が広がっていた。
一体どういう理屈なのかは知らないが、効果だけで見たら〈転移〉と同じか。
重要なのは、こいつらにとってここが初めてくる場所なのか否かだ。
「懲りないな、お前たちも。つい先日、お前たちの仲間の一人がどうなったか……。知らないわけではあるまい?」
「「知っているさ。だからこそだ」」
「ふ~~ん……そうかそうか。ラブ、とりあえず自分の身は自分で守っておけ。それは離すなよ」
私はそう言い残すと、気と霊力で肉体を強化し、手近な女に接近……顔面を掴み、足を引っかけ、勢いのままに地面に倒した。
「がっ……」
衝撃で、地面に放射状に薄く罅が入る。
そう言えば、一応、ここは遺跡だったな。壊すのはまずい。……手加減しないと。
ここにどんな歴史的価値があるのかは知らないが、遺跡というだけで少なくない価値があるからな。
ぶっ壊したら、学会が黙っていないだろうしな。あの家庭教師を怒らせたくない。怖いから。
「ほら、どうした? まるで学んだ気配がないようだが」
「……はっは、あたしを倒したつもりか?」
……ん?
確かに、気絶させたはず……いや、むしろ殺すつもりだったのだが……。頑丈なやつだな。
「ああ、気絶させたつもりだったのだが……」
ふむ……。
今、私は葛藤している。
このまま一気にアンウェンまで帰り、依頼を達成するか。
それか、こいつらを倒してスッキリして帰るか。
この二つの選択肢の大きな違いは、こいつらの戦いに、深く首を突っ込むか突っ込まないかだ。
両陣営とも、まるで規模が掴めない。だから、首を突っ込むのはハイリスク。
ただ、私がマジックアイテムを獲りに動かない限り、こいつらとぶつかることはない。
あくまで今回は、マジックアイテムを賭けた戦いでしかない。
だがここでこいつらを倒せば、ラブの陣営――オークション側の陣営に、少なからず利益が生じる。
両陣営の均衡を崩しかねない。
う~~~~むむ……。