第119話 ハトホルの仮面
私が地下オークションから、元の裏路地に出ると……
「……もし、そこのお方」
と、声がかかった。
確かに私はその声を聴いたはずなのに、声の主の情報が何一つとして入ってこなかった。
老いているのか、若いのか。男なのか、女なのか。
何一つ……わからなかった。
「オークションの参加者ですな。しかし、オークションは最後の目玉商品の競りの最中のはず……」
「私の目的に合う品がなかったから出てきた」
「──不死鳥の羽」
ああ……あの偽物な。
まあ、質が悪いというわけではなかったがな。
ただ、あれを貴族とAAランクアドベンチャラーに贈る品としては……微妙かな。
そう思っただけだ。一つだけだったし。
「あれはお眼鏡に叶いませんでしたか? 不死鳥の羽は、触れた傷を癒す万能薬。戦闘員であるあなたにとって、それは必要では?」
「あんな偽物に頼らずとも、傷ぐらい癒せる。……いい加減、用事を話せ。なぜ私に声を掛けた?」
私はいつでも戦闘に入れるように、気を体内で練る。
ブレスレットの中のアルティナにも意識を向ける。
振り返ると、そこにはオークションで司会をしていた……仮面。近すぎだ。
男か女かはわからない。あの場では男と認識したはずだが、今では…………。
〈闇視〉のおかげで、色までハッキリ区別できる。
シルクハットは脱いでいるため、その下が露わとなっている。
ふむ……。ピンク色の髪をボブにセット。ピンク・ボブ。
なかなか珍しい色だな。染めている気配はない。染めたてかもしれないが。
……そんなことはどうでもいい。
会場にいた仮面司会者とは、まるで風貌が異なる。
詳しくは見ていないが、こんな髪の色、形ではなかったはずだ。
「いやいや、初めて見る仮面仲間だったからさ。珍しさのあまり、声を掛けちゃったってわけさぁ」
急に気配、口調が変わった。
「仮面を着けた人なんか、そこらにいるだろう? 珍しくもなんともない」
「いいや。あっちの着けているコレと、お前の着けているソレは同種さ。シリーズ化された超希少マジックアイテム。その内の二つさ」
シリーズ化されたマジックアイテム……か。
ロマンがあるな。ぜひともコンプリートしたいところだ。
一人称「あっち」……初めて聞いたな。語尾も「さ」だし。
ふむ……なかなかキャラの濃いやつのようだ。
「あっちの着けているこれは、ハトホルの仮面っちゅーアイテムさ。あらゆる美と愛を象徴するマジックアイテムさ」
「そうか。道理で先ほどから〈魅了〉の気配がするわけだ。残念だが、私には通用しないぞ」
仮面の名前を明かした辺りから、魔法を掛けられているのを感じた。
だから、反魔法で打ち消していた。相手に気取られないよう、ギリギリのタイミングでな。
「……そうみたいさ」
魔法の気配が途絶えた。
こいつ……油断ならないな。
「それで! それはあっちの記憶違いでなければ……ホルスの仮面やんな? 眼を象徴するマジックアイテム。歴史の陰に隠れることのなかった、ある意味、希少な仮面さ!」
歴史の陰に隠れることのなかった……か。
となると、他のシリーズアイテムは歴史の陰に潜っていた、と……。
もしかすると、本当にヤバいアイテムなんじゃ……。まあいい。くれたものは貰うのが礼儀ってものだろう? ……借りたんだっけか?
私が立場、地位を確立したら返そう。
すでに魔法は手に入れたし。
「それで、それは? これと同様、歴史の表舞台に立っていたのか?」
「いいや、違うさ。手に入れた経緯としては、たまたまオークション会場に流れ着いていたのさ」
陰に隠れていたって……レア過ぎて逆に知られていないだけなんじゃないか?
長い間、陰に隠れ過ぎたことが裏目に出たか。
「そこで、仮面にあっちが選ばれたのさ」
……こいつ、選ばれたって事実をでっち上げ、仮面を盗んだな……。
「仮面に選ばれた? 盗んだ言い訳だろう?」
「いいや。仮面に選ばれたのはホントさ。仮面には十の魔法が刻まれているのさ。でも、普通はすべてを使うことはできへんのやけど……あっちは、そのすべてを使えるのさ」
「なるほど。だから『選ばれた』か……」
私はどうなんだろうな……。
ハトホルの仮面は……波長が見えない。隠匿されているな。
「探ろうとしても無駄さ。この仮面シリーズに刻まれた波長は、選ばれた着用者以外、見ることができないのさ」
チッ! 厄介な。
魔法は十個、そのうちの一つは〈魅了〉。
そして、私の仮面が眼を象徴するように、あの仮面は愛と美を象徴する。それに関係する魔法だろう。
精神干渉系魔法。いや、もっと解釈を広げるべきか?
しかし、ホルスの仮面の魔法はどれも初級だった。
となるとやはり、ハトホルの仮面に刻まれた魔法も初級だらけと考えるのが妥当か。
「そう警戒せんでも、大した魔法はないさぁ。それも……そうやんな?」
「まあ、そうだな……」
確かに、この仮面に刻まれた魔法は、これがなくても使えるが……。
有用なのは……精々、半分ぐらいか。
〈千里眼〉は〈遠視〉の完全上位互換だし。
〈視覚強化〉は微妙だが、〈闇視〉、〈蛇の眼〉、〈透視〉は有用だ。
だが今のところ、〈未来視〉と〈熱探知〉、〈生命探知〉はあまり使い道がない。
……訂正しよう。〈生命探知〉は、洗濯物に付いた虫を見つけるのに、大いに役立っている。
「それはそうと、何の用だ? まさか、本当に同じシリーズの仮面の持ち主を見かけたから話しかけたってわけでは……あるまいな?」
そう問いかけると、ハトホルの仮面の主はその仮面の下で、にやり、と顔を動かしたような気がした。