第117話 アンウェン地下オークション
バーのマスターに言われた通り、三番通路を進むと、屈強な男が二人、通路を塞ぐように立っていた。
この洞窟のような通路と相まって、山賊の塒に来たような気分にさせられる。
「何用か」
「ここより先は、関係者以外の立ち入りを禁止としている」
「「用がないなら帰ってもらおう」」
……でかい声。洞窟が崩れたらどうするつもりだ?
まあ、崩れないんだろうけどさ。補強されてるし。
「ほれ」
そう言い、私は先ほどマスターから貰った棒を手渡した。
「「……ふむ」」
「確認した」
「さあ、入るがよい」
二人は道を開けてくれた。
その先には真っ黒な、重厚な扉があった。
棒を受け取った男は、懐から鍵を取り出し、その扉を開けた。
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扉を潜り、少しばかり進むと……だんだんと人の気配がしだした。
それと同時に、道の先に光が見え始めた。だが、そんなに強い光じゃない。あくまで上品な光。
私が一歩踏み出すにつれて、光は近づき、大きくなる。
こつ……こつ……コツ
ここか……アンウェン地下オークションの会場は。
通路の先は部屋になっているが、私のいる部屋には私以外の人間はいなかった。
一人か……気兼ねなく商品を観察できるな。
私の入った部屋の向かい側に、壁はなかった。
そこには柵があるだけ。その先は、すり鉢状の空間となっており、この部屋と同じような部屋がいくつも並んでいる。
人がいるものもいないものも。
……だが、人の細かい姿までは見えない。
隠蔽されているな。破れなくもないが、それはそれで問題か。
さてさて、オークションはいつ始まるんだ?
バーで注文する時間と暗号だけは知らされたが、いつ始まるとは聞いていない。
「――お越しの皆さん、こんばんは。本日も多くの方にお集まりいただき、感謝の気持ちで胸がいっぱいでございます」
お、ちょうどよく始まったか。
「オークション開始まで、残り十分を切りました。何かあれば、近くの係の者までお申し付けください」
……なんだ、まだか。
確かに、そんなにうまく事が進むわけがないな。
近くの係の者まで、と言っていたが……なるほど、このゴーレムか。
部屋の隅に待機している、人型のゴーレム。
強い魔力は感じない。
おそらく、ある程度の用意された答えを質問に合わせて出すぐらいだろう。
「失礼、今回のオークションの品は?」
『……オ答エデキカネマス』
「そうか。……では、オークションの開始時刻は?」
『二十一時三十三分、残リ九分ト二十秒デス』
ふむ、なるほど。
やはりこの程度か。にしても、微妙な時間に始まるんだな。
予め用意されておいた質問に反応し、答えを出すだけ。
どこまでいっても、ここは秘密至上主義なんだな。
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そして、ようやく時間となった。
「――皆様、大変お待たせしました! ただいまより、オークションを開始します! 今日も粒ぞろいの品ばかり! さあさあ、眠れない夜をどうぞ!!」
声のした方……柵の向こうを見た。
宙に一人の男が浮かんでいた。
黒いシルクハットに、同じく黒の燕尾服を来た男。顔には仮面を着けて……。
…………ホルスの仮面に似ている。
「本日の司会を努めますは、私、ラバーと申す者。ではさっそくですが、一品目! こちらは南方の亜人国家から秘密裏に入手した一品!」
亜人国家から……?
最初から上手いものを出してきたな。
亜人国家には行けないし、秘密裏に入手したと言われれば、それを確かめる術はない。
つまるところ、入手経路不明の品。
「武器の鋭利さを増大させる、コーティング液! 一度塗れば一年は、その切れ味を落とさない一品!」
男がそう言うと、小瓶が空中に浮かび上がった。
部屋の横の壁に、映像が映し出される。ゴーレムが映しているのか。
別に、肉眼で見えるから問題ない。肉眼じゃないと、込められた魔力とかがわからないしな。
小瓶のサイズは手のひら大。中には、銀色の液体が入っている。
大した魔力は込められてなさそうだ。まあ、コーティング液だしな。
「まずは一万リルから!」
十分の一の千リル……一人の一日の食事代に匹敵する。リルはこの国の金の単位だ。
ちなみに、一、十、百……と、桁が変わるごとに硬貨が変わる。
紙に金銭的価値を持たせないのは正解だな。
そこから、その液体の値段は上がり続け、最終的に三十万リルで落札された。
元が安かった。デモンストレーションだったんだろうな。
――それでも、三十倍。
落札したのは……アドベンチャラー風の男だ。
服装だけは一級品のようだが、身なり、佇まいからど素人であることが見て取れる。
どこぞの金持ちか貴族のボンボンだろう。
まあ、それすら偽装の可能性もあるけどな。
アドベンチャラーになっている辺り、貴族だとしても三男以降だろう。
家業を継ぐ心配がない――否、継げない、ただのごく潰し。
金に物を言わせている世間知らず。
まあ、あの液体が本物なのかどうか……私にはわからない。
本物だとしても、私には必要がないしな。
ガイオスのプレゼントとしても微妙だろうと判断した。
二人にはお守り的なマジックアイテムを、と思っているが……実用的なものでも問題ないだろうと思っている。
一つでも落札できたらいいだろう。
日辺りの金の消費量は一般人より少ないし、全財産を出しても、正直なところ……問題ない。貯まる一方だからな。