第107話 アルグレットの悪魔講義
助けた恩を背景に、この女から悪魔について聞きだす。
悪魔について不利になる話はしないという約束だが……できれば聞き出したい。
体は動かないが、頭は動く。これからは舌戦だ。
今の私が置かれている圧倒的不利な状況を、相手に感じさせはしない。
「まず、あなたが今持っている悪魔の知識を教えてもらえるかしら?」
「そうだな……。まず、お前たち悪魔は、こことは違う世界の住人で、私たちよりも高度な存在と定義されており、強い。こんなもんだ」
「そうね。そして、こちらの……人間の世界の側からの召喚によって呼び出されるのだけど……正直、迷惑な話よ。無作為に選ばれるんだもの」
「まあ、そうだろうな。ある日、ぽっと呼び出されるわけだしな……」
少しばかり、同情する。
私自身、見知らぬ赤の他人に召喚された経験は何度かある。
良い気分は微塵もない。
呼び出した側はなぜか高圧的な態度を取ってくるし。
その人生での、それまでの生活を全部奪われるわけだし。
呼び出される側にとって、なんのメリットもない。
「そうそう。悪魔だって、人間と同じように生活してるのよ? つまり、大半は非戦闘員なの。もちろん、私も」
「お前も……? とてもそうは見えないが……」
「――そう、それが悪魔が召喚される理由。悪魔は召喚される際、力を手にするわ」
「力……? 身体能力とか、動体視力とか……?」
「うん、大半はそうね。上昇具合には個人差はあるけど……私は少し違う、特殊ケースよ」
…………迷いが見える。
おそらく、話すか話さないかの迷い。
……迷うってことは、悪魔にとって利益か不利益か。その狭間……グレーゾーンの情報か。ぜひとも欲しい。
「それは……話してもらえるのか?」
「…………ま、いいでしょ」
話してもらえるみたいだ。
「さっきも話した通り、悪魔はこちらに来たとき、あらゆる能力が倍率変化するわ。私の場合、身体能力は大して変わらなかったけど、魔力量が圧倒的に増えたわ」
大した事ないように見えるけどな。
まあ、本気状態――精霊剣解放状態時――の会長より多いけど。
もちろん、私よりは圧倒的に多い。
「それと悪魔召喚に伴って、召喚主は全能力値が上昇するわ」
「召喚主まで強くなるのか?」
「ええ、そうよ」
召喚主が強化されるのか……。道理で悪魔が召喚されるわけだ。
召喚主は戦力を得られ、自身の身体能力も向上する。
「つまり、お前を召喚する前のデゼルグイエットは、もっと弱かったのか?」
「そうなるわね。それでも、今の私よりも強かったはずよ?」
ふむ……。
「では、あの幽霊は? お前のか?」
「あれらの存在は、私とは無関係ね」
となると……あれらはデゼルが使役していたのか。
「おまけに私の力で強化済み」
なるほど。
しかし、ディヴィアルのようなタイプの悪魔が召喚された場合は………………ああ、そのときは新たな戦力としてカウントすればいいのか。
力……召喚された際に悪魔――被召喚者が手にするという力か。
ん? 呪いとは別物なのか?
「なあ、そもそも呪いってなんだ? その力とやらとは違うのか? 私は回復不能――マイナス効果のあるものしか見たことない。だがお前のそれには、聞いた感じだと、プラスの効果がある」
アルグレットの力は、呪いという言葉の意味に反する。
どちらかと言うと――加護だ。
「ええ、呪いとは別。力は被召喚者の一部を摂取することで得られる能力のことよ。そして私の呪いは、私の能力の適用された対象の感じる痛みを倍増させる」
そう言えばディヴィアルも、あいつの血を取り込むと〈気絶〉が発動するとか言っていたな。
それか。
呪いとは別物、と……。つくづく厄介だな、悪魔ってのは。
悪魔それ自体が兵器みたいだな。
ディヴィアルの血には〈気絶〉の効果があり、アルグレットのには苦痛と引き換えの全能力値上昇効果がある。
悪魔の能力も、多様性抜群だな。
アルグレットの血と呪いは連動している。甘い猛毒というわけか。
ディヴィアルとの戦闘後、悪魔に関する文献はいくつか漁ったが、呪いという単語は片手で数えるほどしか出てこなかった。
あまり知られていないのか、隠蔽されているのか……。私にはわからない。
だからこそ、情報がほしい。
レイの右腕を治せる可能性があるのなら……それもまた、欲しい。
とは言え、今はこの能力について聞き出そう。
「随分と使い勝手がよさそうだな」
「そうね。……でも言ったでしょう? 苦痛と引き換えだって。あいつはそれを無効化していたみたいだけどね」
「苦痛は永続なのか?」
「そうよ。おまけに、耐えがたい苦痛よ?」
ふむ……。苦痛……痛みか。おまけに、呪いで強化された苦痛か。
なるほどなるほど。
デゼルがどうやって、パワーアップの代償を払わずに済んだのか。
代償が痛み……ダメージであったのなら、その仕組みは簡単だ。
おそらく、数珠の吸収する痛みに含まれたのだろう。
デゼルにとって都合が良すぎる。偶然か?
「デゼルのあの数珠。あれはおそらく、所持者のダメージを肩代わりするマジックアイテムだ。痛みを無効化したのもソレだろう」
「ああ、あれ……。まあ、これはそもそも、痛みを感じない人には効果がないしね……」
「幽霊がそうか」
「そうね」
幽霊なんかにとって、こいつの力は益にしかならなそうだ。
「一応言っておくけど、呪いの効果は、プラスかマイナスかで言えば、マイナスよ。私の場合、能力に付与されるタイプの呪いだからプラス効果もあるだけで……」
「なるほどな……。――ところで、呪いは永続か? 私の友人が、回復不能の呪いに冒されているんだが、治せないか?」
本題はこれだ。
呪いの解除が可能か、否か。
レイの腕を治すことができれば……。
「呪いをかけた悪魔の死亡。もしくは、本人の意思ね。まだ謎が多いけど」
「――!! なんだと……」
嘘だろ……。
私は確かに、あいつの気配が完全に消滅するのを確認した。
だが、アルグレットの言うことが真実なら……あいつはまだ生きている?
「その様子だと、その悪魔に止めを刺したのは……あなたね」
「ああ、大技で止めを刺した。跡形も残らなかったから死んだものとばかり思っていたんだが……」
「その悪魔はどのくらい黒かったの?」
「全身真っ黒だった。封印されていたからな」
「……どれくらい? …………まさか……」
「約八百年って言ってたな」
……?
急にアルグレットの目の色が変わった。
だが、マイナスの感情ではなさそう……。
「……その悪魔の名前は?」
「ディヴィアル」
「――!! そう、あなただったのね……」
…………?
急に、アルグレットの張り詰めた気配が霧散した。
「ディヴィアルと……どんな関係が?」
「……ずっと、音沙汰なかったから死んだと思っていたのだけれど…………少し前に戻って来たの」
「お前は、ディヴィアルと、どんな関係だ……?」
次の瞬間、アルグレットの口から放たれた言葉に、私は驚きを隠せなかった。
「ディヴィアルは…………私の兄なの」