第106話 悪魔アルグレット
〈生命拒絶の部屋〉第一波。拒絶するのは、魔力だ。
この波で、私の体を守る〈雷神の法衣〉が消し飛んだ。
幸いだったのは、〈防護膜〉は大ダメージ程度で済んだこと。
だが、貫通してきた衝撃波によって、攻撃が直接体内に響く。
それ以上に、残存魔力がかなり持っていかれた。
かなり消費した状態だったから……割合的にはかなり大きい。
そして第二波。気の波。
第一波と違い、気はあまり持っていかれなかった。おそらく、体内防御という形にしていたおかげだろう。
直前で体内の気を流動させなければ、もっとダメージを……それこそ、死んでいた可能性もあった。
心臓を含むように、体内の軸の部分だけを守ったが……。肋骨数本、その他諸々の骨がやられた。
内臓も無傷ではないはずだ。
第三波は……神力。
正直、これが一番痛かった。
私の残存神力はほぼゼロ。
だから体内の神力は刺激されないだろう……と思っていたんだが……。
そもそも攻撃魔法であるという前提をすっぽかしていた。
痛みで思考が回らなくなったか……。
衝撃波で鈴が鳴るから、第一波が終わったあと、鈴の音に合わせて〈回復〉を発動させ続けていた。
――体内の神力が空になった。
極度の疲労感と、それに伴う眩暈、その他諸々の不調、不快感。
〈回復〉や〈状態異常回復〉でどうにかなるものではない。
つまり、回復不可能の領域。
そして、私の意識は波に呑まれ、闇に沈んだ――
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「――はっ!」
「あ、目が覚めたかしら?」
頭上に気配を感じ、私は飛び退いた。
起き上がった瞬間、ぐらり……と世界が揺れ、抵抗できず、私は倒れ込んだ。
「ほら、無理に動くから……」
「お前は……」
辺りを見渡して、ようやく自分の置かれていた状況に気づいた。
まず、ここは船の上。あの幽霊船だ。
天気は快晴。波も穏やか。
私に声を掛けてきたのは、女だった。
四肢が黒く変色しているが、それすらも妖艶さを醸し出す要因となっている、絶世の美女だった。
先ほどの揺れは眩暈だ。
魔力と神力が極端に少ない。かろうじて意識を保っていられる程度の量しか残っていない。
体もボロボロだ。だが、傷は癒えている。
「……お前が私の傷を……」
「そうよ。私を救ってくれたのは……あなたなのよね? ありがとう」
「私が……? まさか……」
そうだ、この波長……。おまけにボロボロの、貧相な衣服。この船。
――そうだ。今思い出した。
デゼルと一緒に船に乗っていた悪魔だ。
「私はアルグレット。見ての通り、悪魔よ。あなたは?」
「ああ……私はレスク・エヴァンテール。見ての通り、普通の人間だ」
見ての通りかどうかはわからないが、そうか、やはり悪魔か。
……ってことは、デゼルが途中、口にしていたアレは……やはり、この悪魔から抽出したナニカか。
見ての通り……私はディヴィアルしか知らなかった。
ディヴィアルとの共通点……黒い部分か。
私がアルグレットの黒く染まった腕を見ていると、
「ああ、これ? 悪魔にとって、こっちの世界は毒なの。だから、時間が経つにつれて体が黒く変色し、それに伴って力を失うのよ……」
と教えてくれた。
どうせだ。もっと聞いてみよう。
「完全に黒くなったらどうなるんだ?」
「向こうの世界に強制送還ね」
なるほど、ディヴィアルとの戦いはかなりラッキーだったのか。
体中が黒く変色し、強制送還されるはずだったはずが、封印によってこちらの世界に固定されてしまっていたわけか。
最悪に弱くなったタイミングでの戦闘だったわけか。
…………ディヴィアルが可哀そうに思えてきた。
敬意を表して超級魔法でとどめを刺したけど。
超級魔法、習得しておいてよかったな。
まあ、レイの右腕とキャリアを奪った恨みも若干、込めていなかったとも言えないけど。
「アルグレット……お前は召喚されてどれぐらいになる?」
「……この感じだと、ざっと一、二か月ってところかしら。私もこっちに来るのは初めてだし、もう少し経っているかもしれないわね」
四か月前と言えば、私が学園に入学する少し前ぐらいか。
「結構、短いんだな」
「そりゃあ、この世界の住民じゃないし……。こっちの世界の住民より強いから召喚されちゃうんだけどね~~」
なるほどな。こっちの世界の住人からすれば、悪魔は傭兵感覚ってことか。
ディヴィアルも、全身真っ黒でも強かったしな。今ならノーダメージで勝てそうだけど。いや、さすがに侮りすぎか?
それでも、聖騎士二人を手玉に取っていたあいつは正直言って、強すぎた。
聖騎士ってのは、学園を卒業した人でないと就けない職業。
かなりの腕利きが集まると聞いている。
全盛期……利き腕が健在だったときのレイなら、会長にも勝てるだろう。
ディヴィアルは弱いながらも、戦い方が上手かった。
魔法も初級、中級ばかりだったし。純粋な戦闘型だったとも取れるがな。
しかし、悪魔も千差万別なんだな。
ディヴィアルは好戦的だったが、こいつ……アルグレットは私の傷を癒してくれた。
まあ、背景が背景だからな。
ディヴィアルは人間に召喚され、長い時間封印されていた。
アルグレットは召喚されたところを道具のように利用され、そこを偶然とはいえ、私が助けた。
嘘を吐いている気配もない。
「助けたついでだ。悪魔について教えてくれ、アルグレット」
「…………いいわ。ただし、悪魔にとって不利なことは話さない。いいわね?」
「もちろんだ」
ここらで悪魔に関する知識を深めておこう。