第102話 神力
『――我、デゼルグイエットが命じる。海よ、猛れ。風よ、切り裂け。大気よ、唸れ。天よ、割れろ。我が力を糧に、我が前の敵に天罰を与えよ』
そのとき、久しぶりに私は――恐怖した。
あまりに自分が小さく見えるほど、デゼルという存在が大きく見えた。
『レスク、落ち着くんだ。これは……これこそが神力。魔力や気とも違う、霊力の上位の……第三のエネルギーだよ。怖がる必要はない』
「……すまない、ありがとう……アルティナ!」
私は魔力を練り、気を通した。
そのうえで、アルティナの言う第三のエネルギー……神力を探した。
私が恐怖した原因はすでにわかった。
神力とは霊力の上位互換だが、そのことに大した意味はない。
神力はおそらく、魔力や気以上に、存在の格を顕著に現すエネルギーなのだろう。
強大な魔力や気を前にしたら、弱き者は恐れ慄く。
それがより顕著に現れるのが……神力なのだろう。
永い時間、海の神として君臨してきた、正真正銘の神。
それが……そんなやつの神力が弱いはずがない。
対してこちらはぽっと出の亜神。どちらが格上かなんて、火を見るより明らかだ。
デゼルの長い魔法詠唱は、神力による特殊な魔法の発動のためだろう。
神力の持つエネルギーは絶大だ。たった少し混ぜるだけで、その力は膨れ上がる。
神力が混ぜ込まれた魔法は、波長の数から推測される強さを無視する。
……いや、神力が込められた魔法は変容するのか?
デゼルの練り上げる魔法詠唱が示すものは、自然現象そのものだ。いや、そもそも魔法なのか?
魔法を当てて強引に魔法をキャンセルさせたいが……デゼルを中心に濃密な魔力や気、神力が渦巻いており、攻撃は通りそうもない。
まあ、神力の使い方を学べるいい機会だ。
無駄にはしない。
デゼルには、私の師(仮)になってもらうとしよう。
『――〈神罰〉』
――ズガンッ!!
これでもかと立ち込めた分厚い黒雲から、極太の雷が落ちてきた。せっかく晴らしたのに。
魔法ではない。普通の……自然の雷。
だから、私に当たらなかった。
そして、周囲の風が竜巻を形成した。
下手に私を巻き込んでいないのが、余計に質が悪い。
おまけに、竜巻が海水やら雲やらといった、大量の水を巻き込んでおり竜巻の向こう側が見えない。
おかげで大きい距離の転移ができない。
加えて、竜巻は全方位にいくつもできており、行動範囲がかなり限られる。
周囲に電気が渦巻いており、雷が縦横無尽に駆けまわっている。
魔法じゃない普通の雷だから、下手すると魔法より最終的なダメージ量が大きくなるかもしれない。
波長を解放しても逆効果だろうな、きっと。
波長を解放したらまた天変地異だ。自然現象はコントロール不可能。
――ズドドンッ!
そのとき、体中に熱が走った。
「ぐぁッ!」
雷が落ちたのか……ッ!
内部まで焼かれたように痛い。
私は〈回復〉を唱えようと――
――息ができない。
――目が回る。
竜巻に飲み込まれたのか?
いや、この体を覆うこれは……水だ。この様子……〈防護膜〉が破られたか。
この竜巻……水を取り込んだのか。
苦しい…………。
まずい、抜け出さないと………窒息する!
すぐに〈閃撃〉を……
鈴を鳴らし――鳴ったのかはわからなかったが――〈閃撃〉を発動させた。
竜巻の流れに逆らわず、流れに沿って……かつ、外へ動き出した。
その際、自分の体は動かさない。少しでも酸素の消費量を少なくしないと、息が続かない。
「ぷはっ!」
なんとか抜け出した。
私は鈴の音に合わせ、〈回復〉を発動し、傷を癒した。そして〈防護膜〉を張り直す。
だが……これだと薄い。すぐにまたダメージを負ってしまう。
「――〈雷神の法衣〉」
とりあえず、この状況下ではこれが一番の防御魔法だろう。
竜巻も強引に防げるかな? 〈防護膜〉の上から発動できているし。
『――レスク、神力を付与するんだ』
「こう、か…………?」
私は神剣アルティナに意識を向け、気とも魔力とも違う別のエネルギーを引き出した。
……これって……さっき幽霊どもを一刀両断したときに湧き出たエネルギーか。
引き出したエネルギーを〈雷神の法衣〉に付与した。
エネルギーを取り出し、付与した瞬間……目の前の景色が一変した。
わかる……周囲に溢れた魔力とも気とも違うこのエネルギー――神力。
そうか……これが環境を支配していたのか。操っているのとは違う気はする。
…………。
途端、周囲の荒々しい気配が静まった。
私の周囲のみ。私を守るように、私の周囲だけが静まった。
『ふっ……神力は大したことないようだな。所詮は人の子か』
「神力でしか人の子に勝てないお前は神未満じゃないか」
『減らず口を……あの世で後悔してろ』
そのとき、デゼルの纏う神力が強くなった。
神力は形を成し、デゼルの手の中で剣の形を取った。
『私の神力の剣とお前の亜神級の神剣。……どっちが強いか。この状況を見れば明らかだな』
「力比べか……。いいだろう、望むところだ! 海神!!」
久しぶりに……ああ、楽っしいっ!!
この戦闘でまた私は、新たなステージへ……更に先へ!!!