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雰囲気が柔らかくなり、雑談の空気へと変わり始めた頃、アーノルドが話を切りだした。
「ところで、結婚式をする気になったと聞いたが?」
「え、フリーデが? フェーデが?」
あからさまに動揺するレオンハルトに苦笑しながら、アーノルドが「エルフリートの方だ」と付け足した。自分とエルフリーデの話ではないと理解した途端、レオンハルトがはぁーっと長いため息を吐き出す。
大袈裟な仕草にエルフリートも苦笑した。分からなくもない。突然自分の預かり知らぬところで結婚の話が進んでいたとしたら、エルフリートだってレオンハルトのような態度をとったかもしれない。
「で、本気か?」
「はい。今期は厳しいので、来期あたりを考えたいと思っています」
エルフリートは続ける。
「父上や母上の都合などを伺いたいのと、内容について相談させていただきたくて――」
「ちゃんとした式を望む」
「あっ、もちろん」
先手を打ってきたアーノルドに、いったい自分はどういう風に考えられているのだろうかと不安になる。
「父上、誤解のないように言っておきたいのですが、私は女の子になりたいわけじゃないですよ。妖精さんらしい姿を追求しているだけです」
「……だが、王子様を探していて、ロスヴィータ嬢と婚約しただろう」
「う」
アーノルドの言葉が否定できない。確かに、エルフリートはロスヴィータを気に入ったきっかけを思い出して小さく唸る。とてつもなくドレスが似合わなかった彼女を見た瞬間を思い出した。
ひらひらとしたフリルやレースは彼女に似合わず、かちっとした意匠のものの方が似合うに決まっている。不満そうな顔をしている少女に向けて、そんな感想を抱いたものである。同時に、彼女の凛々しい目元や、美しい金糸に目が向かった。
確かに、始まりは外見である。しかし、今は違う。
「ロスは中身も王子様ですよ、父上」
「……」
あ、しまった。よけい誤解を深めてしまったかもしれない。ますます胡乱な視線を向けてくる父親に向けて、エルフリートは曖昧な笑みを返した。
「えっと、あの大丈夫です。ちゃんとエルフリートは男性で、ロスヴィータは女性です」
「……それは、分かっている」
ため息がもう一つ。言い方がまずかったかもしれない。エルフリートは、同じ意味の言葉を言い回しを変えて口にした。
「だから、ちゃんと結婚式は、本来の性別に則って……衣装を用意します!」
「そうしてくれ」
よし、合ってた! エルフリートは心の中でうんうん、と頷いた。そうだ、ついでに希望も言ってしまおう。
エルフリートはすっと片手を挙げて口を開く。
「あ、でもこっそり妖精さんと王子様をコンセプトにした挙式もしたいです」
「…………もう、勝手にしてくれ」
アーノルドは額に手を当て、小さく首を振る。どうにも、女装に関する認識だけは、父親とうまくいかない。今も、何となくズレてしまっている気がする。
少し残念だが、きっとこれはずっと続くのだろう。エルフリートの女装が完璧すぎるから、エルフリートの心まで女性になってしまったかのような錯覚を起こしてしまうのかもしれないとも思う。
「次期領主が女装癖の男だと勘違いされないように気をつけるなら、その辺は好きにして良い。だが、必ず私財を使うように」
「もちろんです! 領民や国民からの血税を使うつもりはありません」
「何で稼ぐつもりだ?」
完全なる私財、それは給金以外の収入である。つまり、女性騎士団としての活動で得ている給金は使えない。職務に専念しているエルフリートには、それ以外で稼ぐ活動をする余裕はほとんどない……はずである。
アーノルドがそう考えるのも当然だ。事実、エルフリートは副業のような活動をしていない。が、エルフリートには計画があった。
「稼ぐというか……まぁ、稼ぎはするのですが、そもそもドレスは私が自分で作ろうかと」
「は?」
信じられないものを見るような顔でエルフリートを見つめる父親に、エルフリートは己の計画を説明する。
「私たちはレース編みとか、編み物とか得意じゃないですか。なので、それを作って売り、軍資金を集めます。それと同時にウエディングドレスを編み上げます」
「……あれを、編む? 本気か?」
確かに簡単ではない。が、根気さえあれば可能である。エルフリートは力強く頷いた。隣に座ってやり取りを静観していたレオンハルトがエルフリートの擁護に入る。
「既にフェーデ、練習だとか言って生み出した販売できそうな小物がたくさんありますよ」
「そうなのか?」
「……あとで、お見せします」
「いや、今持って来なさい」
「えっ……あ、はい! すぐに持ってきます」
嫌そうな顔をしたら睨まれた。エルフリートは慌てて立ちあがる。
いざ、見せろと言われれば緊張するものである。エルフリートは隙間時間にコツコツと作業しているものの内、どれを見せるべきか悩みながら妹の部屋へ戻る。
荷物の中から、試作品を取り出した。カルケレニクス領に向かう間に編んでいた品々である。
「……うん。全部、見せちゃお」
エルフリートは考えるのをやめ、丸ごと手にして二人の待つ書斎へと戻るのだった。