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ロスヴィータはエルフリートの屋敷へ着くなり、彼の自室へと招かれた。応接室ではなくエルフリートの自室が選ばれた事に、彼が“エルフリーデ”でも“エルフリート”でもなく、エルフリート自身の素を出して話をしたいのだと感じた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
エルフリート自ら用意したお茶が出された。いつもと同じ茶葉の香りに、ロスヴィータはほっとする。一口、口に含めばいつもと同じ味がする。おいしい。ロスヴィータの口元がゆるんだ。
ロスヴィータが心を落ちつかせる様子を見守っていたらしいエルフリートがようやく口を開く。
「ロス、情けない姿ばかり見せていてごめん。もっと頼りがいのある人になりたいとは思っているのだけれど……なかなか、うまくはいかないものだね」
「そんな事を言うなら、私がまず謝罪すべきだ。私のわがままのせいで、あなたは自分であって自分ではない存在を続けているのだからな」
「それは考えてもいなかった。そういう考えもあるのか……」
謝罪してきたエルフリートに向けて思っていたことを打ち明けると、彼は不思議遭に瞬きを繰り返した。本気で初めてその考えを知ったのだと分かる。ロスヴィータはお互いの深いところを探り合わずに過ごしていたのを実感する。
人の目がある為、そういう話題を避けているというのも大きかったが、それ以上に難しい事を避けてしまっていたのかもしれない。自分がまだまだ子供なのだと、大人になりきれていないのだと気がづいた。
「フェーデ、私はどんなあなたも受け入れる。あなたのエルフリーデも、あなたのエルフリートも、どちらも好きだ。そして、どちらかになりきれずに困った顔をするあなたも。
だが……フェーデが表に出したい姿と素の姿が異なっている事で苦しんでいるのだとしたら、申し訳ないと思っている」
「ロス……」
「とはいえ――謝罪しても何かが変わるわけではない。ただ、私がすっきりするだけだからな。
私のわがままに付き合ってくれてありがとう、というべきだった」
ロスヴィータは頭を下げた。エルフリートは目を見開いたまま、固まっていた。
「もしかして、フェーデは自分のいたらなさが……とか思っていたりするのか?」
「うん……その通り」
エルフリートはカップの縁を撫で、そっと目を伏せる。
「私はそんな事、全く思っていなかったぞ」
「ええ? てっきり、情けない奴だとか思われていたりしないかなと……」
二人で顔を見合わせ、一瞬の沈黙の後に吹き出した。笑い声が室内に響く。ひとりきり笑い切ったロスヴィータはしみじみと呟いた。
「私たちは、もっとこういう時間を取るべきだな」
「本当にね。私もこうあるべき、みたいな考えに固執していたかもしれない。良い姿だけ見せ続ける事なんて、できやしないのにね」
「その通りだ。私なんか、あなたの支えなくして女性騎士団の切り盛りはできないのに。あなたは一人で何でもこなしてしまう。私は、いつもあなたの事を尊敬している」
ロスヴィータはエルフリートの手を握った。
「もうじき、私たちは結婚して、あなたは一人でカルケレニクスへと帰る事になる。それまで、可能な限りこうして話をする時間をつくってはくれないか?」
ロスヴィータの申し入れに、エルフリートは笑顔で頷いた。これからもっと忙しくなる。それは、結婚式の準備であったり、女性騎士団の運営であったり、騎士学校の運営であったり、とやるべき事がたくさんあるからである。他にも何か起きるかもしれない。
とれる時間は少ないだろうが、大切にしていきたい。ロスヴィータはそう思うのだった。
ロスヴィータを寮へと送ったエルフリートは、今日の出来事を振り返っては枕に顔をうずめていた。
ロスヴィータがどんどん格好良くなっていってつらい。エルフリートは自分が男であるという事を忘れそうになってしまう。
「あぁー……好き。包容力があって、全然敵わないや……」
エルフリートがどれだけ努力しても、きっと手には入らないだろう。そんな事を思う。はあ、と熱の籠った息を吐き出した。
エルフリートがうじうじとしている事を、大した事でもない事のように扱う。いつの日か、彼女の悩みを優しく抱きしめて、その曇りを晴らせるようになりたい。エルフリートはがむしゃらに行動するだけで、中身がない空洞のような自分をどうにかしたかった。
「どうすれば、私は自信を持って彼女の隣に立てるのだろうね。私がそんな風に考えている事なんて、誰にも覚られないようにしているつもりだけれど、いつかは誰かに気づかれてしまう。そうなる前に……」
エルフリートと違ってそこまで器用ではないロスヴィータだが、その分芯の強さがある。周囲を引きつけ、引っ張っていく力がある。そんな彼女に見初めてもらえたのだから、心の底から胸を張って隣に立てるような男になりたい。
妖精さんの姿でなくとも、本来の姿でも。
王子様と妖精さんという存在に強い憧れを持っていた。王子様に助けられる妖精さんになりたかった。
でも、その憧れはもうじき卒業するしかないのかもしれない。エルフリートは妖精さんになりたい自分と、ロスヴィータの隣に立つ事を誰もが納得するような男になりたい自分という二つの心の間で揺れているのだった。




