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ロスヴィータのドレス試着につきあい、デザインを決めたエルフリートは、デザイナーのエマと共にデザインアレンジなどについて打ち合わせを行っている。
目の前のテーブルには、所狭しとデッサン画が散らばっていて、それを見るだけでも真剣度合いが分かるというものだ。
彼らが打ち合わせをする間、ロスヴィータは意見を挟む事なく、エルフリートたちのやりとりに感心しっぱなしであった。
「――ロス、ずいぶんと待たせてしまったね」
「いや、かまわないよ。むしろ、全て任せきりにしてしまって申し訳ないくらいだ」
エルフリートがロスヴィータに向け「頼ってもらえて嬉しいよ」と笑いかけると、エマ」がその仲むつまじい姿に満面の笑みを浮かべた。
「信頼されていらっしゃるんですね。素敵ですわ」
「信頼か。確かに私は彼ならば、安心して任せられるとは思っているが……傲慢な考えではないか?」
「いいえ、ロスヴィータ様。それは違います。信を預けるという事は、意外と難しいものですわ。
わたくしめが偉そうに言う話ではありませんが、お二人は通じ合っているように見えます」
エマに褒められ、エルフリートがはにかむ。ロスヴィータは少しだけもやっとした。だが、ロスヴィータの手にエルフリートがそっと触れる。
「そうなら、嬉しいな」
「……そうか」
エルフリートと笑いあい、エマに視線を戻す。彼女は二人の様子を見つめてにこにことしている。やりとりを見られるのは苦手ではないが、何となく照れくさい。
ロスヴィータはこの前とはうって代わり、エルフリートらしく過ごしているエルフリートを盗み見る。
「エマ、このドレスは特別な会に着るものだから、いつも通りしっかり頼むよ」
「もちろんですとも!」
エルフリートの笑みにはエルフリーデの時のような可愛らしさはどこにも見当たらない。それを寂しく思う自分がいる事に気づいたロスヴィータは、複雑な気分になった。
エルフリートとは、エルフリーデとして過ごす事が多いせいか華やかで可愛らしい要素がないと物足りない気分になるらしい。どちらの姿でも、どんな態度でも、エルフリートはエルフリートなのだと思っていたロスヴィータは、人の事を言えないな、と密やかに自嘲する。
この前は、エルフリートがエルフリートらしい姿を保つのに苦労していたようだったが、それはじゅうぶんに起こり得る事だったのだ。今まで、完璧に切り替えていた事が異常だったのだろう。ロスヴィータは楽しげに会話を続ける彼を見て反省する。
知らずの内にロスヴィータはエルフリートの事を追い詰めていたかもしれない。それがこの前の態度に繋がったのだとしたら。
ロスヴィータはエルフリートの事を幸せにしてやりたいと考えている。ロスヴィータの王子様然とした態度などに興奮したりする彼は、決して演技ではない。
だが、それをエルフリーデの時に見せてしまったから、エルフリートの時には別人のようにふるまわなければならない事態になっている。ロスヴィータの人生をかけたわがままが、彼の人生をゆがませてしまったのだ。
本当は、最初の約束通りの期間で彼を手放すべきだった。その事に今さら気づいたところで遅い。もう、ここまできてしまったのだから。ロスヴィータは久しぶりに自己嫌悪に陥っていた。
「ロス、考え事かい? 今日はもう帰るよ」
「あ、すまない」
ふいに声をかけられ、ロスヴィータは我に返る。ロスヴィータのおかしな態度に気づいているだろう彼は、何もなかったかのように振舞っていた。
「では、頼んだよ」
「お任せください! 本日はご足労いただきありがとうございました。仮縫いができましたら、改めてご連絡いたします」
「よろしく」
ロスヴィータの腰をエルフリートが軽く抱く。男性装をしているロスヴィータは、似た系統の装いをしている人間――それも、普段は可愛い姿でロスヴィータを魅了している相手――に抱かれてむず痒さを覚えた。
普段と違う香水が鼻をかすめれば、別人に抱かれているようでどきりとする。だが、その体温は慣れたもので。
ちらりと彼を見れば、ロスヴィータのそんな気持ちを見透かしているかのように微笑んでこちらを見つめている。
暗くなっていた気分も上がる。現金なものだ。ロスヴィータはそんな自分に呆れると共に、やはりエルフリートの事が大切なのだなと思う。
「……フィッティングの時も、付き添ってくれるか?」
「もちろんだよ、ロス」
エルフリートが完璧な紳士の笑みで即答する。何とも頼もしい婚約者である。
「そうだ。この後、お茶でもどうかい?」
「もちろん喜んで」
「今日は色々あったから、私の屋敷に招待するよ」
「ありがとう」
店舗を出た二人は手を繋いでエルフリートの屋敷へと向かうのだった。