11
エルフリートは両親からの手紙を手に、戦々恐々としていた。ロスヴィータとの食事を終えた彼が両親への手紙を送ったところ、暗黒期が開けたらこちらに来る旨が認められた手紙が届いたのである。
「ええ、どうしよう……えっと、どうしようってほどの事でもないのだけど……っ!」
エルフリートの姿をしているにも関わらず、思わずエルフリーデの時のようにベッドの上でじたばたと暴れていた。久しぶりの自室であるが、なんだか落ち着かない。それ以上にこの手紙の件もある。
エルフリートの頭の中は大混乱だった。
「結婚式の話を進める為に、寮生活と屋敷の生活を半分半分にしたは良いけど……うぅ……」
「フェーデ、大丈夫?」
「あっ、ちょっと! いつの間に部屋に?」
ふいに落ちてきた影、聞き馴染みのある声。妹のエルフリーデである。エルフリートはみっともない姿を見られた恥ずかしさもそこそこに、慌てて身を起こした。
「フェーデ、抜けなくなっちゃった?」
「え?」
「切り替えがうまくいっていないみたいだから、気になって」
「……す、すまない」
エルフリートは面目ないと頭を下げる。当のエルフリーデは、そんなエルフリートのベッドの淵に腰かける。普段エルフリートとして生活しているエルフリーデが本来の格好をしていると、何となく中性的に見える。
もしかしたらエルフリーデも似たような悩みを抱えていたりするのかもしれないな、とエルフリートは思った。
「やり抜くって決めたんでしょ? やってくれないと、私も困るんだよ? せっかくあんなお転婆な人間だって思われるのを許容してるのにさぁ……」
「私の為に、色々と犠牲になってくれてありがとう」
「前もエルフリートとして生活させてもらう事は悪い事じゃないって言ったけどね。でも、今の私はエルフリーデのふりをするエルフリーデであり、エルフリートのふりをするエルフリーデなんだよ。
どっちも、本当の私じゃないの」
エルフリーデの言葉がぐさりと刺さる。エルフリートは胸がつきつきと痛むのを感じながら、彼女を見た。すると、彼女は楽しげに笑んでいる。不快感を露わにされていると思ったエルフリートは、想像していなかった表情に、目を見開いた。
エルフリートのその顔を見たエルフリーデがぷふっと吹き出す。
「やだ。フェーデってば、そんな顔しちゃって! どきどきしちゃった?」
「したよ……っ」
あー、もうっと言いながらエルフリートがベッドに突っ伏すと、エルフリーデが抱きしめてくる。
「ごめんごめん。あのね、私、フェーデに喝を入れたかっただけなんだ。だって、全然気が抜けちゃってだめだめなんだもん。そんなんじゃ、勘の良いアイマルとか、新入騎士の三人組とかに正体がバレちゃうよ」
エルフリーデの言う事はもっともだ。ただでさえ、男性らしくなってきていて女装している事自体緊張感のあるものなのに。エルフリートとして過ごす時の言動がエルフリーデのそれに引きずられていては、いずれ不審がられるようになるだろう。
妹の独特な喝の入れ方にエルフリートは乾いた笑いが出る。エルフリートの横にごろりと転がったエルフリーデは、無邪気そうな顔でエルフリートの手の甲をつついた。
「それ、お父さまから?」
「そうだよ。あと、お母様からも」
「ええっ、二人から? 良いなぁー」
全然良くない。エルフリートはそう口にする代わりに、そっと手紙を差し出した。それを呼んだ彼女は「あぁ……フェーデがそうなっちゃう気持ち、分かるかも」と笑う。普段のエルフリートのような表情で、エルフリーデが笑っているのを見ると、不思議な気持ちになる。
エルフリートは鏡に映っている自分が突然動き出したかのような気持ちを抱いた。
「フェーデ、ずっと女の子として生活しているから気持ちが揺らいじゃってるんだと思うけど……フェーデはロスの事、大切なんでしょう ? ロスが王子様じゃなくなても、好きなんでしょ?」
ロスヴィータの良さは、見た目だけではない。女性の騎士職への進出を見事に実らせるだけでは飽き足らず、この国をより良くしていく為に必要な事を考え、実行に移している。
ロスヴィータは間違いなく、愛国者であり、王位継承権を持つ者として相応しい人物だ。
確かに、エルフリートはまず彼女の見目に心を奪われた。おとぎ話に出てくる王子様そのものの彼女に、強い期待を抱いてしまった。彼女なら、妖精の姿を模した自分の隣に王子様の姿で立ってくれるのではないか、と。そして、同じような気持ちで異性装を突き詰めた彼女なら、自分と一緒にいてくれるのではないかと思ってしまった。
何とも自分本位の気持ちから始まったそれは、いつの間にか別のものへと変わっていったのだ。
けれど、普段は同性として過ごすしかないから。大切に思う気持ちだけ、異性としての大切とは違う気持ちでいなければ、自分が演ずる女性騎士団副団長エルフリーデ・ボールドウィンが崩壊してしまう。
「もちろん、私はロスを愛している。彼女の隣にいるのは私でなければ、と思っているよ」
「そうでしょうとも。その気持ち、フェーデの時は隠さなくて良いんだからね。その代わり、エルフリーデの時は封印する事。そこさえきちんとできれば、エルフリートとエルフリーデがぐちゃぐちゃになる事なんてないと思うの。
少なくとも、私はそうしてるから」
「フリーデ……」
エルフリーデは「お兄さまにお説教しちゃったぁー」などときゃらきゃら笑っている。鏡に映した自分のようなその姿を見て、エルフリートはもっとしっかりしないといけないな、と思い直すのだった。