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無事に卒業式も終わり、エルフリートたちは入学生と入団する新人の対応準備で忙しくなる時期がやってきた。そんな時にする話ではないとは分かっていたが、ロスヴィータと休みが重なる貴重な時間を手に入れることに成功した。
「フェーデ」
「あ、ああ……すまない、突然呼んだりして」
エルフリートは本来の姿で、ロスヴィータの目の前に座っていた。ロスヴィータのラフなスーツ姿に比べ、エルフリートは少し気取った格好をしている。服装を選び間違えたな、と思った時には時すでに遅し。着替えている余裕など全くないのだった。
確かに、エルフリートが選んだ店はそこまで格式ばった場所ではない。エルフリートが気合を入れすぎてしまっただけだ。居心地の悪さを感じながらも、エルフリートは堂々とした態度を維持する事で己の精神を保っていた。
「ちょっとした話があって」
「結婚式の日取りか」
「……その通りだよ。察しが良すぎて私はどうすれば良いのか困ってしまうね」
ロスヴィータが何という事もない風に切り返してきて、むしろどきどきが増していく。緊張のあまりに小さく引きつった笑みを浮かべると、ロスヴィータはふふ、と柔らかく笑む。ああ、これ……確信犯だ。エルフリートはひっそりと心の中でため息を吐く。
エルフリートは気を取り直して再び口を開く。
「来年か、再来年を目安にお願いしたいのだけれど。予定は大丈夫かい?」
「いつでもかまわないよ。と、言いたいところだが準備期間の問題があるからな。私はあなたに合わせる」
「えっ、そ、そう……」
出鼻をくじかれたどころか、そのままへし折られたような気分である。エルフリートはエルフリートらしからぬ態度で苦笑する。どうしよう、もうエルフリートに戻れないかもしれない。エルフリートはそんな弱音を吐きながら、ロスヴィータとの会話を続けた。
ロスヴィータはエルフリートのそういう姿を密かに楽しんでいるらしく、どこか余裕のある雰囲気で紅茶を飲んでいる。なんだか悔しい。
「季節の希望はあるかい? なるべくロスの希望に沿った形の式にしたいのだけれど」
「暗黒期を避けるのは当然として、暑い季節よりは涼しいか寒いくらいが良いのではないか?」
暗にエルフリートがドレスを着る日取りに言及してくるロスヴィータ。えっ、何か、もしかして私ロスヴィータのこと怒らせたりしてた?
心当たりは……結婚式の日取りをぱっと決められない事……とか? それとも、今日の格好がやっぱりダメだった?
エルフリートは背中が冷たくなっていくのを感じながら、何とか言葉をひねり出す。ともすれば指先が震えそうになるのを、指を組んで堪える。
「では、暗黒期明けから夏までの間に」
「となると、再来年だな」
「……そう、なるな」
あぁーん、しまらない! エルフリートは思わずエルフリーデのような悲鳴を上げそうになった。待って、この話題、これで話終わりじゃない?
エルフリートは自分の中でのエルフリーデとの切り替えがうまくできず、口を閉じた。動揺しているのを隠したい気持ちはあれど、きっと見破られてしまっているだろうな、とも思う。この状況を打破したいが、どうすれば良いのか分からない。
エルフリートは苦し紛れに、ぎこちない動きで飲み物を口に流し込む。
「フェーデ、あまり無理はしないように。それと、スケジュールの確認をしてくれてありがとう。この前、すると言ってくれて嬉しかったが正確な日取りの方までは話し合いができずに終わってしまっていたから嬉しい」
「その件はすまなかった。少々立て込んでいて」
「私の方も今年は忙しかったから当然の結果だと思う」
「そう言ってくれると助かるよ」
エルフリートは乾いた笑みを浮かべる。もうやだ。自分が情けなくて消えてしまいたい。いつもよりも大人びた態度のロスヴィータに、たじたじとしてまともに話ができずにいるエルフリート。エルフリートの方が年上なのに、全くもってそういう感じがしない。
エルフリーデとしての生活が長すぎて、支障をきたしているのではないか、という気さえしてくる。自己嫌悪に陥っていると、ロスヴィータが顔を寄せてきた。
「フェーデ、緊張しすぎだ。私は逃げないし、そのままのあなたを愛しているのだからな。まあ、外ではほどほどにしないと変な噂が立ちそうだが……」
「あ……う……」
今すぐに顔を両手で覆いたい。エルフリートは気合でその衝動を抑え込んだ。エルフリートがどういう状態なのかすぐに理解したロスヴィータが逆に両手で顔を覆う。
「く……くく……す、すまない……っ、ふふ……っ」
「いや、私が悪いのだから、謝らないでおくれ……」
逃げたい。この場から逃げてしまいたい。ロスヴィータが笑い転げそうになっているのを堪える姿を見ながら、エルフリートは内心で泣いていた。全然格好つかないし、むしろかっこ悪いし、笑われちゃうし、もうやだ。
せっかくロスヴィータが愛を囁いてくれたというのに! エルフリートは彼女の王子様っぷりに惚れ惚れとする余裕もなく、ただただ己のふがいなさを嘆く事しかできないのだった。