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 エルフリートはレオンハルトを連れ、部屋を出た。どうしようかな。エルフリートは後で部屋に来るようにと言って一旦エルフリーデの部屋へと入った。

 妹の部屋はエルフリートの部屋とほとんど同じ構造をしている。


 部屋の奥にあるベッドの手前にはテーブルセットがあり、気兼ねなく話ができる相手との小規模な集まりができるようになっている。

 エルフリートやエルフリーデの場合、ほとんどが兄妹での集まり――女装の相談か領主の勉強関連だった――か、レオンハルトを加えてボードゲームに興じるくらいでしか使った記憶はない。。


「……本人がいない他人の部屋って、何となく後ろめたい」


 ぽつりと愚痴をこぼし、そのまま備え付けのバスルームで身を清める。本人の許可を得ているとは言っても、何となく落ち着かない。エルフリートはお揃いで使っている入浴用品を手にしてため息を吐いた。

 もしもの時用に入れてあるワンピースドレスをクローゼットから取り出して着替えて化粧を施せば、エルフリーデ嬢の出来上がりだ。エルフリートは念入りに化粧を確認した。


「ちょっと、最近“可愛い”が難しくなってきたな……」


 ふっくらとした頬は、以前と比べてすっきりとしてきてしまった。徐々に年を重ねて性差の少ない子供ではなくなり、大人になってきているのだから当然の結果と言えよう。しかし、である。


「女装バレはしたくないんだよぉ」


 鏡に映る自分にきゅるんとした目を向け、眉尻を下げて可愛らしい困った顔を作ってみせるが、いまいち納得がいかない。ぷく、と頬を膨らませて怒った顔を作ってみる。こっちは、まだいけるだろう。

 エルフリートは成長に合わせた妖精さんの演出をするべく、再研究する時間を作る必要を強く感じるのだった。




 身支度を整えたエルフリートが持ってきていた荷物から無事に見積の控えを発見すると、見計らったかのようにレオンハルトがやってきた。

「フリーデ、お邪魔するよ」

「どうぞ」

 レオンハルトが居心地悪そうにしながら部屋に滑り込んでくる。彼が周囲を気にしていたのだと気が付くのに、そう時間はかからなかった。


「扉、開けてあるから」

「え? ああ……そうね。それが良いわ」


 エルフリートは、そういえば異性同士になるのだったな、と思い出す。婚約しているとは言え、そのあたりはきちんとしていたいのだろう。まあ、現状でどうにかなる事はありえないのだが。

 エルフリートがエルフリーデとして立ち振る舞う事だけ気を付ければ、他に問題はない。あるとすれば、レオンハルトの失態が周囲に知られる可能性がある、といったところだろうか。


 しかし、である。レオンハルトの失態がなく、ただエルフリーデがレオンハルトを自室に呼んだとなると、少々問題がある。

 ここはむしろ、レオンハルトに問題があったからこそ自室に呼ばれたのだと周囲が思ってくれた方がやりやすい。実際その通りなのだから。


「レオン、これがどういう事か、ちゃんと説明してくれる?」

「嘘は言っていないよ」

「うん。だから、もう一度その話を聞きたいなぁ」


 エルフリートは、本来レオンハルトが持ち込んでカルケレニクス辺境伯へと渡すはずだった書類をひらひらとさせる。紙の束、とまではいかないまでも数枚ずつあるそれが、ふわりと揺れる。レオンハルトの視線が()()につられて小さく揺れるのを見て、笑いそうになる。

 リッターじゃあるまいし、なんでそんな猫みたいな顔するかなぁ。飼い猫と比較されているとは露ほども思っていないであろうレオンが、のろのろと話し出した。


 話の内容に特に新鮮な点はない。アーノルドの前で白状したのと同じだった。第三の候補が出てしまった為に、見積もりが揃わないからと全ての見積もりを持ってこないというのは、あまりに杜撰だった。

 三つ目の見積もりがなくとも、できる事はある。


「三つ目の見積もり、業者さんは何か言ってた?」

「二つ目の見積もりに近い金額になりそうって言っていたな」

「って事は?」


 エルフリートが返事を根気よく待つと、レオンハルトが口を開く。


「領主に対して“三つめはまだですが、二つ目の見積もりに金額は近いようです”と伝える事はできる」

「そうだね」


 エルフリートは頷いた。もう、レオンハルトにも答えが見えている。彼はうなだれたかと思えば、テーブルに突っ伏した。丸まった猫のような彼の頭部に顔を近寄せて囁く。


「そう考えると、先に届いていた見積もりは?」

「持ってくるべきだった」

「うん。そういう事」


 エルフリートはレオンハルトの頭を撫でた。うーん、撫で心地はやっぱりリッター(本物)の方がいいなぁ。長毛種特有の毛皮のぬめり感と人毛では、やはり感触が違う。

 勝手に触ったにも関わらず失礼な事を考えながら、エルフリートはサービングカートに手を伸ばす。そこにはティーセットと茶菓子がセットされていた。


「じゃあ、あとで一緒にこれを提出しに行こうね。とりあえず、今は私の休憩に付き合ってよ」


 もぞりと身じろぐ彼に、エルフリートは笑う。少しいじめてしまったから、美味しい飲み物でも飲んでゆっくりしてもらおう。エルフリートなりの、親友への気遣いであった。

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