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エルフリートはそのまま、レオンハルトに付き添われて目的地に達した。
「これ、慣れたら私でも補助魔法なしで頑張れそう!」
「ちょっと、補助魔法なしで運んだんですか!?」
口を大きく開いて驚く作業員と苦笑する騎士たちの様子に、エルフリートは自分の失言を覚った。自分の変人具合をアピールするつもりはなかったのに。
作業員からすれば異様な人間に映り、騎士からすればいつも通りおてんば娘に見えているのだろう。騎士から見ても「やりすぎ」という評価をもらいがちなエルフリートである。
きっと今回もそう思われたに違いない。失言を重ねる事を恐れたエルフリートは、すべてを誤魔化すように微笑んだ。
「フリーデ、あまり効果はないと思うよ」
「えへへ」
レオンハルトに指摘された通り、周囲は変な空気に包まれている。悪目立ちしちゃったよお。
「ところで! これはどこに置けば良いかな?」
「えっ、あ、ああ……それはこっちに……」
この空気を元に戻すのは無理だ。諦めたエルフリートは、そのまま作業を終わらせる事に決めた。つまり、開き直る事にした。
「さっさと次のを運ばないといけないもんねー。案内お願いしてもいいかしら?」
エルフリートの声にうっかり反応してしまった作業員へ視線を向ければ、彼は戸惑った表情で手招いてくれた。エルフリートは彼の方へ荷車を引く。
ぐ、とレオンハルトの助言通りに力を加えれば、やはり簡単に荷車が動き出した。
「それにしても、騎士のみなさんは変わってらっしゃる。普通は馬に牽かせるもんだが」
「えっ」
確かに、人力でやっていたら大変な作業である。カルケレニクス領民たちは、どうやっていたのだったか……。エルフリートは思い出そうとしたが、次期領主としてそういった件にはまだ関わっていなかった事を思い出す。
そういう経験を積むタイミングで、女性騎士団に入っちゃったからなあ。仕方ないか。
冷静になって考えてみればみるほど、彼らの言う通りである。人間が無理に作業するよりも体力も力もある馬などにやらせた方がよほど効率的だ。
補助魔法をかけて作業している騎士たちや補助魔法なしで作業をしているレオンハルトなどは、訓練を兼ねてやっているのだろうが……。
そこに便乗したのがエルフリート。これは、もしかしたら騎士全体に対する変な印象を植え付けてしまったかもしれない。
「えっと、あの、肉体って使わないと鈍っちゃうから、鍛える為にやってるだけで……」
別に変わり者だからではないのだ、と言外に告げてみる。
「そういう事にしておきますよ」
そう言って彼はふわりと笑った。これは確実に言葉通りの意味だ。エルフリートの言葉をまったく信じていない。
「本当なんだもんっ」
「みなさん、すばらしいですねー」
作業員の表情が、視線が、どんどんとなま暖かいものへと変わっていく。駄目だ。これ以上言っても逆効果だと思う。ごめん、みんな。
エルフリートがちらりとレオンハルトを見れば、彼は苦笑して首を横に振るのだった。
そうして騎士団の面々が「肉体を使いたがる」変な人で構成される集団だという認識を植え付ける手伝いをしたエルフリートは、とぼとぼと歩いて別の持ち場を見に移動していた。
騎士団の評判がおかしな方向にいかないと良いんだけど。エルフリートの頭の中はその事でいっぱいである。だから、オズモンドが心配していたリカルドの様子を頻繁に見に行こうと思っていた事など、頭からすっかりと抜け落ちてしまっていた。
エルフリートがひと通りを見てまわり、順調に道幅が広がっている様子を見ている時、それは起きた。
「えっ?」
エルフリートは崖っぷちにぶら下がった状態になっているリカルドを発見した。彼の作業は崖の壁側であって、道路の崖側ではなかったはずだ。道幅が広がったあとの作業を行っているはずの彼が、どうしてこんな状態になるのか。
エルフリートは混乱したまま、慌てて駆け寄って助け出した。
「す、すみません……助けていただいて」
「それは気にしないで良いんだけど、どうしてこんな事に?」
エルフリートがぐったりと横たわるリカルドを見下ろしながら軽い口調で問う。彼はだるそうに目を開くと、眉尻を下げた。
それからリカルドが語ったのは、何とも不思議なものだった。
「その、俺もよくわかんないんですけど、壁を研磨していたはずなのに、いつの間にか道の端っこを磨いていたんだ。それで……磨いていた先に地面がなくて」
言っている事が分からない。エルフリートは思わずオズモンドを探してしまった。きょろきょろと視線を向けていると、どこからともなくオズモンドが現れた。
わあ、おもしろい!
「何やってるんだ?」
「あのね、不思議な事が起きたの」
エルフリートがそう言ってリカルドの話をそのまま口にすると、オズモンドは「あー…………」となぜか変な声を出して天を仰いだ。
それ、どういう反応? エルフリートがオズモンドの態度に困惑していると、ようやく彼が解説してくれた。
「なんか、方向音痴なんだ。方向、っていって良いんだよな、多分。道にはあまり迷わないんだが、視野がこう狭まると、わけが分からなくならしい」
ごめん。聞いている私もわけが分からないよ。エルフリートはオズモンドに向けて首を傾げてみせた。




