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リカルドは細かい作業を担当していた。崖を削った後の仕上げ作業である。崖を削る作業は落下物を生み出す可能性が低く、確かに誰かへ迷惑をかけたりはしなさそうだ。
仕上げ作業は道を平らにしたり、崖の側面を整えたりして、危険のないようにするものだ。
道は踏みならし、側面は研磨する。
リカルドは壁の研磨をしている最中だった。研磨は絶妙な魔法の加減が必要だ。魔法を使わない作業もある。この作業自体は一定の高さまで行えば終了だが、その後危険な工程が待っている。
落石防止の為に、特殊なネットを崖の上から垂らして固定するのである。まあ、その作業はまだまだ先だし……。
危険な作業は、きっと別の騎士がやるよね。オズモンドとか、オズモンドとか、オズモンドとか。あ、これなら私もできるか。
エルフリートはそんな楽天的なことを考えながら、まじめな表情で熱心に壁面を磨き続ける男を観察するのだった。
とりあえず今のところ、リカルドは大丈夫そうだ。しばらく彼の作業を見続けたエルフリートは、問題ないと判断して別の持ち場に移動する事にした。次に向かったのは、レオンハルトがいるところである。
レオンハルトは魔法を使わなくてもできる作業の方へ参加している。もしかして、私も魔法を使わない作業だったら参加できたんじゃ。ふと、そんな事を思いつく。
魔法なしで作業をする、と言えば良かったのか。今さら、そんな事に気づいたって遅いよ!
エルフリートは微妙な気持ちになりながら歩いている内に、レオンハルトのところまで辿り着いてしまった。
「あれ? フリーデ、どうしたの?」
「見回りだよー」
ひらひらと手を振って近づけば、彼は作業の手を止めてくれた。レオンハルトは魔法で削り取られた崖だったものを運び出す作業をしている。
補助魔法をかけてもらって肉体強化をした状態で岩のようなものを運ぶ人と、細々としたサイズのかけらを荷車に乗せて運び出す人に分かれている。
レオンハルトは荷車組になったらしい。荷車の中には砕かれた崖のかけらがこんもりと山のように乗せられていた。
「往復するの大変でしょ」
「まあね。でも、魔法が使えない組はこういう単純作業でサポートするのが常だから。それに、訓練になるから悪くはないよ」
そう笑った彼は、こっそりと「実は、体を鍛えるのにちょうど良いと思って、補助魔法なしで作業してるんだ」と秘密を打ち明けた。
「えっ!?」
この荷車は大人一人分を優に越える重さのものが乗っているはずだ。ブライスやアントニオと比較して筋肉量の少なそうなレオンハルトの体をまじまじと見つめながら、エルフリートは呟いた。
「……いつの間に着やせするタイプになったの?」
「え? どうだろ。それはよく分からないけど、意外にやれるもんだね」
レオンハルトはエルフリートの視線を受け流して笑い、荷台の持ち手を押して滑らかに車輪を動かしてみせる。わあ、本当にすごい。エルフリートは自分も試してみたい、とそわそわしてしまう。
力試しって、すごく魅力的な言葉だよねえ。
「ね、私もちょっと試してみて良い?」
「良いけど、無理しないで」
「分かってるって」
場所を交代したエルフリートは、持ち手を掴み、前へ足を動かした。
「んぐ……っお、も……っいっ!」
同じ男として、体型の近いレオンハルトにできるのだから、エルフリートにも簡単にやれるに違いないと甘く見ていたエルフリートは思わずうなり声を上げた。
これを何往復もするなら、補助魔法を使わないと体を壊してしまう。
「あー、フリーデ。たぶん力の入れ方が違う」
乙女にあるまじき声が出ていたのだろうか。レオンハルトがためらいがちに声をかけてくる。
「え?」
「腕力でどうにかしようと思っちゃ駄目だ。腰を沈めて、そう。ぐっと……」
レオンハルトの助言通りにしてみると、最初に試した時には思えないくらい簡単に動いた。そして、一度車輪が回り始めれば最初の力ほどは必要がなくなって少し荷物が軽くなったように感じられ、この調子を維持する事ができるならば目的地まで移動できそうな気持ちになる。
ぱあっと顔を輝かせたエルフリートは、そのまま荷車を押し続けた。
「レオ、すごいねっ!」
「うん。意外にできるだろ? 満足したら返してほしいな。それ、俺の仕事だから」
「うんうん、もうちょっと待ってね」
ごろごろと重たい荷車を押し続ける。片道すら無理だと思っていたものを動かせると分かったら、楽しくて仕方がない。いっそこの作業を譲ってもらって、代わりに監督役をやってもらっても良いのではないだろうか。
そんな悪い妄想をしてしまうくらい、楽しかった。
レオンハルトは早く荷車を帰してほしいのか、エルフリートを心配しているのか、一緒に歩いてきてくれている。
「もうすぐ足下が平らになるから楽になるよ」
「平らになったら走れちゃうかも!」
実際にはやらないが、そういう気分になる。エルフリートの弾む声を聞いたレオンハルトが本気だと勘違いしたのか慌て始めた。
「ちょっと、そういうのは危険だからな?」
「えへへ、分かってるよー」
本当かなぁ、と信用していない目でこちらを見てくるレオンハルトに向け、エルフリートは片目をつぶって自分の余裕っぷりを見せるのだった。




