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雪の様子は可もなく不可もなく。と、言いたいところだったが――一度魔法で蒸発させてしまった方がよさそうだった。というのも、やはり太陽光で溶けた雪が氷になっている部分が散見され、下手に衝撃を与えると砕けて落下してくる可能性があったからだ。
雪崩よりはましだが、それでも危険は危険である。事故の可能性をとことん低くする為には、警戒しすぎるくらいがちょうど良い。
障害を取り除く事に決めたエルフリートは全員を自分の後ろに集まらせ、一気に雪を溶かし、蒸発させた。
相変わらず、この場所は魔法の威力がぐっと上がるなあ。すさまじい炎が雪を焼き払い、瞬時に雪を水蒸気へと変えていく姿を見たエルフリートは、そんな感想を抱く。
魔法を使う人には、工事を始める前に威力の確認をしてもらった方が良いかもしれない。ここで魔法を行使するのは基本的にカルケレニクス領民である。
魔法の効果に関しての検証は前回の調査時にもしていないから、カルケレニクス領民が普通に魔法を使った時にまったくの影響がなかったとは言いきれない。
エルフリートは振り向くと、オズモンドに声をかけた。
「オズモンド、ちょっと試してみてほしい事があるの」
「ん? 何だ?」
「普通の魔法と、カルケレニクスの魔法を比べてみたいの。詠唱を変えて同じ魔法を使ってほしいんだ。でもほら、常にその詠唱で魔法を使っている私だと参考にならないでしょ。
だからカルケレニクス流の詠唱をした事のない人にやってもらいたくって」
「なるほどな」
マロリーもできそうなんだけど、最近彼女、結構カルケレニクスの詠唱覚えちゃってるからなぁ……。
マロリーがいたら、もっと詳しく検証できるとは思うけど、今知りたいのはカルケレニクスの詠唱を知らないし使った事のない人間が使う魔法の威力を確認したいのだ。
「フリーデのあれを想像して、試してみるか。猛る炎、打ち破れ」
オズモンドの呪文は普及している魔法を省略させた形だった。彼の詠唱が終わった途端、エルフリートが作り出したものを模した炎が大地を薙ぐ。
規模は小さいが、確かにエルフリートが生み出した魔法と同じものだった。
「じゃ、次だな。我らが神よ、賢神よ、我らに道を示したまえ」
オズモンドが唱えた途端、先程とは比ではないレベルの炎が生み出された。ぴゅうっとオズモンドが口笛を吹く。
エルフリートのそれに匹敵するような威力の炎が大地を舐めていった。
「すげえなぁ……棒読みなのにこれか」
「威力は想像した通りだった?」
「いや、想像以上だ。俺はそこまでいかないだろうと思ってた」
なるほど。それであの威力。エルフリートはオズモンドに向けて一つ提案する。
「私がやった時の威力を思い浮かべて、もう一回やってみてくれる?」
オズモンドは予想していたのか、にやりと笑むなり再び詠唱に入った。彼が生み出したのは、エルフリートのものと遜色ない炎だった。
魔力のあるなしに関わらず、正しくイメージするだけで同じ威力が出せるらしい。
得心がいった。特定の単語を含む詠唱であれば、威力が割り増しされるのだ。だから、カルケレニクス領の人たちはこの道を通る時の魔法に不便しなかったのだ。
魔法さえ使えれば、誰もがこの道を通る事ができる。それは、この詠唱にあったのだ。
「詠唱が鍵になってるなら、工事は問題ないな」
「うん。良かった」
工事は魔法も使用してのものになる。その威力が意図しないものとなる可能性がないのならば安心だ。
破壊するのは簡単だが、直す事は難しい。特にこういった自然などは直す事ができないものも多い。つまり、失敗できないのだ。
安心したエルフリートは、表情を和らげた。
「問題がないって事が分かったから、戻ろっか」
「了解」
「じゃあ、帰るよー!」
エルフリートが合図をすると、崖からの降下が始まった。前回とは打って変わり、危なげなく垂直降下を行ってスムーズに帰還したエルフリートたちは、崖の上の状況や検証した結果を待機していた面々に伝えた。
なぜか今回もついてきたアイザックは、エルフリートの話を聞いて目を輝かせている。
「詠唱が鍵になるとは面白い! これはどういった仕組みなのだろう?」
おっと、アイザックの好奇心がまた元気になってる! エルフリートは思わず警戒した。
彼の好奇心に付き合わされた結果、遭難しかけた事を思い出す。ああはなりたくない。
「うーん、それは分からないなぁ……だから、崖の上で確認してきたんだし」
「……それもそうでしたな」
エルフリートには心当たりがあったが、本当にその考えが当たっているか分からない。その上、それが当たっていたとしても、どんな仕組みでそうなるのかも分からない。
それに、心当たり――もちろん大岩である――への調査欲が復活しても困る。
残念そうに肩を落とす姿は哀愁を感じさせるが、アイザックが納得している姿を見て、エルフリートはほっと胸を撫で下ろすのだった。